
作中作×見立て殺人×密室
奇妙奇天烈な地下の館、迷路館。招かれた4人の作家たちは莫大な“賞金”をかけて、この館を舞台にした推理小説の競作を始めるが、それは恐るべき連続殺人劇の開幕でもあった! 周到な企みと徹底的な遊び心でミステリファンを驚喜させたシリーズ第3作、待望の新装改訂版。初期「新本格」を象徴する傑作!(講談社文庫)
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◆登場人物
鹿谷門実……『迷宮館の殺人』を書いた著者のペンネーム
島田潔……推理小説マニアの寺男。(37)
宇多山英幸……編集者。(40)
宇多山桂子……英幸の妻。(33)
宮垣葉太朗……日本推理小説界の老大家。迷路館の主人。(60)
井野満男……宮垣の秘書。(36)
須崎昌輔……推理作家。(41)
清村淳一……同。(30)
林宏也……同。(27)
舟丘まどか……同。(30)
鮫嶋智生……評論家。(38)
角松フミヱ……使用人の老女
◆あらすじ
島田の自宅に一冊の小説が届く。
ペンネーム鹿谷門実『迷路館の殺人』。
島田のよく知る人物からの贈呈だった。
とあるベテラン推理作家の邸宅に、その関係者が八名招待され、あるコンテストが始まる内容。
実際にあった事件に基づいて書かれたこの小説には、島田潔も登場してくる。
村落の外れに建てられた宮垣葉太郎の別荘。
その建築に携わったのが、仕掛けじみた細工を施すことで有名な建築家——中村青司である。
十角館に水車館、いずれも中村青司の建てた家と縁のあった島田は、偶然、宮垣と知り合い、彼の誕生日に招待されることとなった。
使用人の老女が出迎え、地下に構える迷路館本体に招待客が集結。
宮垣の後輩である作家が四名。評論家一名。編集者とその妻。そこに島田も加わった計八名。
だが、約束の時間を過ぎても主宰者は現れない。
すると宮垣の秘書が、遅れて皆が集まる広間に現れた。
神妙に告げるその言葉に誰もが呆気に取られる。
宮垣は、今朝、自殺しましたと。
彼は遺言を音声テープ付きで遺していた。
それは、彼の莫大な財産の半分を譲るというもの。
優秀な小説を書き上げた一人の作家に。
候補者は後輩の作家たち。その他の者達は審査役として滞在する。
テーマは、この館を舞台にした殺人事件であること。
被害者は、作家自身でなくてはならない。
突然、遺産相続を賭けた小説コンテストが始まり、参加者は皆、この迷路館に留まることにした。
ところが翌日、参加者の一人が殺されることとなる……。
——
クローズド・サークルで起こるミステリーの数々。
難解な伏線に、衝撃の最後が圧巻の逸品!
【目次】
プロローグ
第一章 迷路館への招待
第二章 競作・迷路館の殺人
第三章 その夜
第四章 第一の作品
第五章 首切りの倫理
第六章 第二の作品
第七章 第三の作品
第八章 第四の作品
第九章 ディスカッション
第十章 開かれた扉
第十一章 アリアドネの糸玉
エピローグ
全373ページ
【感情トリガー】
プロローグ
第一章 迷路館への招待
第二章 競作・迷路館の殺人
└老体の遺言【謎】(ナゾ)
第三章 その夜
第四章 第一の作品
└須崎の原稿【謎】(ナゾ)
第五章 首切りの倫理
├死亡の推定【知】(ヘェ~)
└余計な手口【仮】(モシカシテ)
第六章 第二の作品
├魔女の部屋【謎】(ナゾ)
└身近な猛毒【知】(ヘェ~)
第七章 第三の作品
├銅板の消失【謎】(ナゾ)
├何か違和感【蟠】(キニナル)
└遺した文字【謎】(ナゾ)
第八章 第四の作品
├防犯ブザー【謎】(ナゾ)
└致命的損傷【知・驚】(ヘェ~)(エッ!? イガイ)
第九章 ディスカッション
├夫人の様子【怪】(ン⁉︎ ナンダロウ?)
└ドアの違い【悔】(チクショー)
第十章 開かれた扉
├作品の模倣【解】(ナルホド)
└犯人の署名【清】(スッキリ)
第十一章 アリアドネの糸玉
└主宰の寝室【驚】(エッ!? イガイ)
エピローグ
├不自然な点【訝】(ハ?)
├真犯人は別【訝】(ハ?)
├仮名の謀り【驚】(エッ!? イガイ)
└ペンネーム【愕】(!!!!?)
老体の遺言【謎】(ナゾ)
ベテラン推理作家の老男が六十歳を迎えた記念に、村はずれの山手にある彼の館で誕生日祝いをするという。
招待されたメンバーは、彼の後輩である若手作家四名、評論家、編集者とその妊婦。唯一、この関係者以外で呼ばれたのが、推理小説マニアの寺男。
四月一日の当日、参加者が件の館に集まった。
奇矯な建築家が手がけた『迷路館』に。
地下にある本体のホールで八名の招待客が揃ったものの、主宰者である老男が現れない。出迎えてくれたのは腰が曲がった使用人の老女だけ。
すると、遅れて現れたのは主人に仕える秘書の男性であった。
なにやら神妙な面持ちで迎えるや否や、不測の事態が起きたという。
今朝、主人(老男)が自殺されてしまったと……。
四月莫迦の茶番ごっこかと疑う参加者もいたが、それを毅然と秘書は否定した。
すでに医者も呼んでおり、確認された事実らしい。
他の参加者たちは、すぐに警察に報せるべきだと正論する。
しかし、秘書はそれを拒んだ。特殊な事情があるのだと。
しばらく警察には連絡するなと、老男本人が遺していたのだ。
須崎の原稿【謎】(ナゾ)
自身の誕生日祝いを開いた主宰者——ベテラン推理作家の老男が自殺した。
地下に迷路館の本体を構える自分の寝室で。
招待されていた八名の参加者達は、皆、狼狽然としていた。
なぜ、客人を呼び集めたその日に決行したのか?
老男の音声テープが遺されていた。
肺がんで余命短く、死を自ら選択したという。
そこで、多額の資産の配分について説明された。
今から四日後の四月五日、候補者四名から一人、優秀作品を決めること。
老男の後輩である若手作家たちは、作者自身が被害者となる事件ものを書かなくてはいけない。もちろん、舞台はこの迷路館で。
選ばれたその一人に、資産の半分を相続させる。
審査員側となる四名にも報酬は与えられる。
一同は納得し、相続選抜戦が始まった。
初日は通夜も兼ねた大広間での食事を楽しみ、歓談した。
その翌朝、事件は起きた。
候補者の一人が、応接室で殺されていたのだ。
発見者は腰の曲がった使用人の老女。
他の参加者たちも合流し、被害者の様子を窺っていく。
四十代の男が絨毯の床に仰向けで倒れ、首が千切れかけていた。
凶器はこの部屋の壁に飾られていた斧。現場に残されている。
そして、同じく壁に飾られていた剥製の水牛の頭が、男の首先に置かれていた。
まるでギリシャ神話に出てくる牛頭人身の怪物——ミノタウロスに見立てているように。
この迷路館の各部屋には、名前が宛てがわれている。
応接室には<Minotauros>と。
いったい、誰が彼を殺害したのか?
なぜか、秘書の男が姿を消してしまった。
扉の鍵を所有しているのは彼だけだ。
館は頑丈に施錠されてて外に出れない。
電話線も切られており、助けを呼ぶこともできない。
参加者たちは、被害者の部屋に行ってみた。
部屋の鍵は開いたまま。書き途中のワープロが光っていた。
驚くことに、その内容は応接室の状況とほぼ類似していたのであった。
地下に本体を構える迷路館の応接室で、招待客の一人が何者かに殺害されていた。
第一発見者が見つけた時刻は午前十時頃。
そして、現在午後三時を回ってる。
元耳鼻科医の参加者が、遺体の硬直状態を確認する。
手首を掴むと、冷たく、すでに硬直している。足も硬直していた。
死後硬直が下半身にまで及ぶのに、およそ五、六時間。全身に広がるには一二時間くらい。
つまり、被害者は午前三時に亡くなったと推定される。
ウィキペディアによると、
死後2~3時間で顎や首、
死後12時間ほどで全身が硬直する。(環境温が20°前後)
ただし、筋肉質な人ほど進行が早く、老人や小児は遅くなる。
硬直のピークは10~12時間。
また、死後30~40時間程度で徐々に硬直は解け始める。
死後90時間後には完全に解ける。
緩解時期は、夏は死後2日ほど、冬は4日ほど。
自殺したベテラン推理作家の畸形な迷路館で、招待客の一人が殺されていた。
被害者は館主の後輩であり、遺産相続候補の一人。
応接室の部屋名<Minotauros>に因んで、被害者の首先には剥製の水牛頭部が置かれている。
ガイシャの部屋から書きかけの小説が見つかり、自身が襲われた状況とほぼ類似していた内容から、見立て殺人であることが判明した。
しかし、参加者の一人があることに疑問を持つ。
ワープロで書かれている内容では、『死体の顔面を覆い隠すようにして置かれ』とあるのに、実際の犯行現場では、首を切り落とそうと斧で振り下ろされていたのだ。
その首は千切れかけ、絨毯を血で染めている。
なぜ、犯人は余計な手を加えたのか。
恐らく、この事件の重要なポイントだと推理好きの参加者は云う。
——
【仮説】余計な手を加えた理由
①盗み見した原稿通りに見立てたつもりだったが、被害者が後から手口の修正を加えていたため、細部に違いが生じてしまった。
つまり、犯人の不測の事態。
②犯人は原稿通りの内容で殺害したが、後から発見した人物によって余計な手を加えられていた。
発見した人物は、何かの証拠から犯人を特定したのかもしれない。その犯人を庇うために、捜査撹乱で手を加えたのではないだろうか。
閉ざされてしまった迷路館で、見立て殺人が起きている。
自殺した館主の遺体は、彼の寝室で安らかに眠ったまま。
外へ出るための玄関口の鍵は、失踪した館主の秘書にしか開けられない。
電話線も切られてて連絡の手段すらない。
唯一の望みは、招待客たちの関係者が不在に気づき、この場所を特定してもらうこと。
だが、作家の一人が殺されたというのに、館主の遺産相続選抜戦の小説コンテストは続行するという。
とても正気とは思えない。
招待客の一人——編集者の男は、コンテストを中止するよう説得しに向かった。
深夜二時頃、自室を出た編集者は、迷路館の平面図を頼りにある作家の部屋へと足を運ぶ。
迷路館で唯一プレートが外されてる<テセウス>の部屋。
声をかけても返事はなかった。鍵も掛けていない。
まさかと気後れしたが、部屋には誰の姿も見られなかった。
ただ、ワープロの電源が点けっぱなしだ。
書きかけの小説。
<メデイア>の部屋で、男が女と秘密の逢瀬を交わし、ワインで乾杯し合うシーンが書かれていた。毒が入っているかもと匂わせて。
メデイアはギリシャ神話に出てくる魔女で、結婚した相手の息子——英雄テセウス——を毒殺しようと目論んだ人物である。
編集者に厭な予感が過ぎる。
<メデイア>はこの部屋<テセウス>の隣にある空室だ。
すぐに駆けつけると、空室のドアが開け放たれていた。部屋の照明も点いている。
なかに入っていくと、目的の男が床に俯せで倒れていた。
踠き苦しんだような体勢、表情。両手の爪を喉に突き立てた状態で亡くなっていた。
なぜ、彼は空室に向かったのか? 現実に起きてる見立て殺人で、彼も十分警戒していたはずなのに。
クローズドサークルとなったベテラン推理作家の邸宅——迷路館で、二人目の犠牲者が出てしまった。
この迷路館を舞台に殺人モノの小説コンテストを行っていた最中の出来事である。
被害者は二人とも推理作家で、このイベントの参加者であった。
一人目は、応接室——<ミノタウロス>の部屋で後頭部を殴られ、首を斧で切りつけられていた。仰向けで倒れている首先に、剥製の水牛頭部を残して。
二人目は、自分の隣部屋——迷路を伝わないと行けない空室——で、毒を盛られたように死んでいた。
推理小説マニアの参加者が、部屋の異変に着目する。
内開きドアを入ってすぐ左側の壁の側面に、室内の照明スイッチが取り付けられている。だが、スイッチを囲むように何十本も細い針が仕掛けられていた。
黴びた煙に近い匂いを嗅ぎ取ったマニアは、ニコチンの濃厚液だと確信する。
自律神経に作用し、呼吸麻痺を引き起こす猛毒だ。
公益財団法人、日本中毒センター(2009)より。
◼︎ニコチンの致死量
成人:40~60mg
小児:10~20mg(約たばこ1本)
嘔吐発現量:2~5mg
たばこ一本に16~24mg含有
◼︎症状
誤飲後30分~4時間以内で発現
嘔吐、下痢、めまい、頻脈、顔面蒼白、不機嫌が主
重篤の場合、30分以内に発現
痙攣、昏睡、過呼吸、呼吸停止、血圧上昇、心拍数増加など
高濃度の場合、5分以内に死亡
ウィキペディアより。
◼︎ニコチンの致死量
成人は30~60mgとされてきたが、疑わしい。
実際の致死量は60mgの20倍以上だと考えられる。
成人で500~1000mgと推定される。
本体を地下に構える迷路館。
名前の通り、各部屋へ続く道は迷路のようになっている。
ホールも含め、各部屋にはギリシャ神話に因んだ名称が付いており、その館で殺人事件が相次いでいた。
四月一日。
ベテラン作家が催す誕生日会に八名の関係者が招待される。
その日に主宰者である館主が自殺し、彼の遺言で遺産相続選抜戦が始まる。
候補者四名が期間内に自分が被害者となる小説を書き、残り参加者が優秀作を決めるというコンテスト。選ばれた一人が相続権を得られる。
四月二日。
昼前、使用人の老女が応接室<ミノタウロスの部屋>で男の遺体を発見。
男は後頭部を殴られ、千切れかけた首先に剥製の水牛頭部が置かれていた。
凶器は部屋に飾られていた斧。剥製もこの部屋の飾り物。
主宰者の秘書が財布と荷物を残し、失踪したことが発覚。
鍵を持ってる秘書がいないため、全員館から出られなくなる。
電話線も絶たれ、助けを呼ぶこともできない。
小説コンテストは続行。
四月三日。
深夜、招待客の一人が空室<メデイアの部屋>で男の遺体を発見。
またも被害者は相続候補の小説家。毒殺されていた。
二つの犠牲者に共通するのは、被害者自身が書いていた小説に見立てて殺害されているということ。
犯人は、なぜこんなことをするのか? わざわざ見立て殺人にする必要はないはず。
それに、どうやって被害者の小説内容を知ったのか? コンテスト中に他人に見せる作家なんているわけない。とすると、犯人は盗み見したということになる。
いったい誰がどうやって?
手がかりとなるのは最初の犯行。小説には書かれていなかったのに、犯人は斧を使って首を切っていた。余計な手を加えたのには訳があるのだろう。
そして第二の犯行。被害者本人の小説通りに空室で毒殺されていたが、<MEDEIA>と書かれた青銅板が外されていた。
昨夜、参加者たちが秘書を探し回っていた時には確かに付いていたのだ。
つまり、犯人が外したということになる。
なぜ、青銅板を外す必要があったのか?
遺産相続選抜戦が始まった小説コンテストの最中、迷路館で犠牲者が出てしまった。
コンテストは中止。すぐに警察へ連絡するべきなのだが、電話線をやられていた。
さらに、外へ出るための鍵を持つ館主の秘書が失踪した。
これで参加者たちは館から出られず、関係者の誰かが気づいてくれるまで幽閉状態となった。
こんな事態でもコンテストは続けるべきだと相続候補者が声を挙げた。
だが、どうしても倫理観がそれを許せず、参加者の一人——審査員側の編集者が中止の説得に一人出向く。
地図を頼りに入り組んだ迷路を通り、目的の部屋に辿りつく。
しかし、相続候補者の男は居なかった。
彼が居たのは隣の空室。
犯人は失踪した秘書だと思い込んでいた彼は、この部屋で毒殺されていた。彼自身が書いていた小説に見立てられて。
発見した編集者は、他の参加者たちにも知らせようと来た道を引き返す。
ふと何か違和感を覚えた。何かがおかしい。
どこか、本来あるべき形と違っているような……。
自殺した主宰者の迷路館で、遺産相続権を争う小説コンテストが行われていた最中、相続候補者たちが次々と自身の書いた小説に見立てて殺されていた。
この迷路館では、ギリシャ神話に因んだ名が各部屋のドアの青銅板に刻まれており、<ミノタウロス>の応接室と<メデイア>の空室で一人ずつ襲われている。
一人目は、牛頭人身の怪物を表すかのように、被害者の千切れかけた首先に剥製の水牛頭部が置かれ、二人目は、自分の義理の息子に毒殺未遂した魔女に因んで、被害者は毒殺されていた。
そして、三人目となる犠牲者がすぐに発見された。
彼は自分の宛てがわれていた部屋——<アイゲウス>の自室で殺されていた。後妻であるメデイアに自分の息子テセウスを狙われた王の名である。
二人目の被害者を発見した二名の男たちが、他の仲間たちにも報せようと迷路の廊下を通り、<アイゲウス>の部屋にやってきた。
室内の明かりが漏れており、ドアが少し開いている。
三人目の被害者はワープロが置かれた机のところで、背中を刺されて亡くなっていた。ナイフが刺さったままで。
ドアの方に、小さなテーブルと椅子が重ねられている。合鍵を持つ犯人を警戒していたのが窺える。
また、室内の家具や荷物が乱れており、被害者の体に防御創が見られた。争った形跡だ。
二名の男たちは、電源が点けっぱなしのワープロに注目した。
小説コンテスト用の原稿。この迷路館での殺人事件。被害者は、作者自身にするという課題に準えた。
原稿を書いている最中に襲われていたという、この現場とほぼ類似した内容。つまり、またしても見立て殺人である。
ただ、文章が途中で途切れているのは分かるとして、その後に続く空白の改行の後に書かれた三文字が引っかかる。
横文字で『wwh』と打たれていたのだ。
被害者が最後に遺した伝言。ということなのだろうか?
だとしたら、いったいどんな意味が隠れているのか?
三人目の被害者が死ぬ寸前に遺した伝言『wwh』とは、何を意味しているのか?
部屋をバリケードしていたのにも関わらず、遺産相続候補の男は刺殺されていた。
犯人はどうやって侵入したのか? それとも、被害者自身が部屋に招いたというのか?
警戒していた男を、油断させることができる人物とは……。
寺男と編集者が二人目の被害者を発見したのが深夜二時頃。
こちらの部屋に向かったのが深夜三時近く。
犯人は時間を置かずに二人もほぼ同時で襲っている。
これで相続候補者が三名も離脱した状態だ。
残っている候補者の作家はあと一名……。
すると、まだ<アイゲウス>の部屋に居た寺男と編集者は、異様な音響を耳にした。
女性作家が所持していた防犯ブザーの音だ。
急いで二人は音のする部屋<イカロス>へと駆け出した。
大声で彼女の名を呼び、ドアノブに飛びつく。が、鍵が掛かっている。
応接室から持ってきた斧でドアを破壊した。掛け金も下ろされていた。
前回の罠を思い出し、照明スイッチの安全を確かめる。毒針の仕掛けはない。
明かりを点けると、彼女は絨毯の上に倒れ伏していた。
後頭部に強く殴られた形跡が見られる。
ネグリジェ姿から、寝ていたところを襲われてしまったのだろう。
だがしかし、凶器も犯人の姿も見られなかった。部屋のどこにも。
この迷路館は地下にあるため、窓がない。
しかも内側から掛け金を下ろしていた。
仮に隙間から通した針金などで掛け金を下ろせたとしても、警報音で誰かが駆けつけてくる前に終わらせるのは不可能だろう。実際、寺男と編集者がすぐに現れた。
なら、犯人はどうやってこの密室から抜け出したのか? もしくは、密室を作りあげたのか?
自殺したベテラン推理作家の遺産相続権を争う小説コンテスト。
迷路館に招かれた彼の後輩——四名の作家と、審査側となる四名の関係者で行われるこの催しで、見立て殺人が起きていた。
犠牲となったのは皆、相続候補の作家たち。
そして、また四人目の被害者が現れた。
その作家は、まだコンテスト用の作品に取り掛かれていなかった。
この迷路館を舞台に、自分が被害者となる殺人事件の小説。
これまでは、被害者自身が書いた内容に見立てて犯行に及んでいたが、今回は、小説に関係なく襲っている。
なぜ、犯人の手口が変わったのか?
しかも、四人目の被害者の部屋は密室だった。
発見者がドアを破壊して入るまで、内側から施錠と掛け金が下されていたのだ。
深夜に襲われた彼女の防犯ブザーが鳴ってから、すぐに発見者が駆けつけてるいため、密室を工作する時間はなかったはず。
当然、部屋に隠れられるような場所はない。
現場の状況を確認し合う二人の発見者たち。ところが、被害者はまだ死んでいなかった。脈が生きていたのだ。
参加していた元耳鼻科医の医者が呼ばれてきた。
昏睡していた被害者が突然、上体を起こし、ある人物の方向に広げた指先を伸ばしだした。
彼女は何を言いたかったのだろうか。
確かめる間もなく、彼女は嘔吐してまた昏睡に戻っていった。
頭部に打撃を受けたときの最も危険な症状だ。
◼︎脳挫傷とは
脳の打撲状態
原因は頭部への直接的な打撃
激しい頭痛、嘔吐、意識障害などが現れる
◼︎脳挫傷の症状
半身の麻痺、半身の感覚障害、言語障害、
けいれい発作が現れることもある
脳浮腫による圧迫の進行で、死に至ることもある
※参照:おおたか脳神経外科・内科のサイトより
迷路館の主宰者兼館主のベテラン作家は自殺し、外への鍵を所持する彼の秘書は謎の失踪を遂げていた。
招待客八名と使用人の老女が中に幽閉されたこの状況の中、連続殺人ですでに三名の犠牲者を出している。
午前六時、広間に集まった参加者たちに、寺男が事件のおさらいを告げていく。
犯人の目的を探るため、互いに議論を交わし合う。
すると、参加者の一人——編集者の妻である妊婦が「もう事件の話は聞きたくない」と珍しく弱音を吐いた。
元医師であったことから、遺体の状況を確認させられていたのだ。気丈に振る舞ってはいたが、内心は気が滅入っていたのかもしれない。
傍にいた夫が妻を安心させ、気遣った。
妻は「ソファに移る?」という夫の言葉に思わず同意したが、少し間があってすぐに「大丈夫」と否定した。
寺男に詫びを入れ、話を進めさせたのだった。
迷路館の大広間で事件のおさらいを述べていた寺男が、犯人の使ったトリックについて考察する。
第二の殺人で犯人は、どうして空室<メデイア>で被害者を毒殺したのか。
小説に見立てるため以外にも、空室でなければいけなかった理由があると云う。
そこで寺男はみんなに問うた。
部屋の構造の違いに気づきましたか?——と。
客室はどれもドアが内向き右側に開くの対して、広間や図書室、娯楽室、応接室は内向き左側に開く構造になっている。
もし、客室以外の部屋で毒針の仕掛けを施していたら、スイッチの位置を確かめられてしまうリスクがあった。
【刺激された感情の種類:11種】
幸福☺️:★
清=蟠りの答えがようやく判明(1)
驚度😳:★★★★
驚=後から知る意外な事実(3)
愕=狼狽えるほどの先入観の裏切り(1)
思考🤔:★★★★★★★★★★★★★
知=豆知識を教えてくれる(3)
解=不可解が解明される(1)
訝=疑問を抱かせる言動や描写(2)
謎=不可解な問題が提起される(6)
仮=知り得た情報からある仮説が立つ(1)
不幸😫:★
蟠=中途半端でまだ未解決(1)
恐怖😣:★
怪=言動に違和感を覚える様子(1)
攻撃👊:★
悔=謀られていた盲点(1)
全体を通してのプロット
【人物・世界観の説明】
夏風邪で安静していた島田の自宅に、一冊の本が届いた。
『迷路館の殺人』というタイトルで、著者は鹿谷門実。
一九八八年に起きた実際の事件がモチーフの推理小説。
既知の人物が筆を執ったということで、島田が独り、読んでいく。
小説『迷路館の殺人』。
既に引退宣言をしている探偵小説の巨匠——宮垣葉太郎が還暦を迎えるということで、関係者達を自分の邸宅に招待して誕生日パーティーを計画する。
四月一日の当日、宮垣の担当編集者だった宇多山が自分の妻も同伴させ、離れにある宮垣邸へと三ヶ月ぶりに赴く。
宇多山夫妻は、道中、車のトラブルで立ち往生していた島田と邂逅し、宮垣の招待客の一人であったことを知る。事前に知らされた参加者達の中で、唯一、面識がなかった人物。
その島田を乗せた車で宮垣邸に辿り着き、宇多山夫妻は使用人の老女に案内されて風変わりな建物へと入ってく。
あの奇矯で有名な建築家——中村青司が手がけた建物で、『迷路館』と名付けられた本体が地下に設えられている。
館内で他の参加者四名と対面し、その後、最後の一人が揃い、計八名が同じ館に集合する。
だが、約束の時間を過ぎても宮垣の姿は見られない。
やっと姿を見せた宮垣の秘書から、主人は今朝、寝室で自殺していたと報される。
【物語が始まる起点・問題】
宮垣葉太郎の遺言テープを聞かされる。
関係者たちを巻き込んだ遺産相続の選抜戦が始められる。
【発生した問題への対処】
亡き宮垣の意向に従い、審査材料となる小説を期日までに候補者たちが創作していく。
審査側の参加者にも報酬が与えられるため、彼らもこの催しに付き合っていく。
【問題の広がり・深刻化・窮地】
翌日、参加者の一人が妙な手口で殺される。
失踪者が一名出てしまう。
館から出られなくなってしまう。
二人目の犠牲者が出てしまう。
三人目の犠牲者が、死ぬ直前に伝言を遺していく。
四人目の犠牲者が密室で襲われる。
【人物の葛藤・苦しみ】
生き残った参加者たちが集まり、事件のおさらいと考察をしていく。
見立て殺人に余計な手口を加えた訳とは?
荷物を館に残したまま失踪した人物はどこにいるのか?
警戒していた被害者が、なぜ空室で毒殺されていたのか?
施錠と掛け金が下された部屋を、犯人はどうやって侵入したのか?
【問題解決に向かう最後の決意】
参加者たちが、ダイイングメッセージの暗号を解読する。
【問題解決への行動】
真犯人の部屋から迷路館を抜け出す方法を知り、生き残った者達が脱出する。
『迷路館の殺人』を読み終えた島田が、後日、著者本人と会い、小説に隠された本当の真相を聞かされる。
読了した感想
◆十角館並みに犯人の特定が難しい!
特に暗号の解読は、現代の僕らに推理することは不可能かも。
ワープロを使っていないと、その答えに辿り着けません。
◆ミステリーの数の多さに驚き!
物語を半分以上進んでも出てくる謎な展開。
手がかりが巧妙に隠されてて、自分で考えてもそれが当たっているのか確認できない。
水車館より、かなり難しくなっています。
◆最後の愕然とする瞬間が堪らない!
もう、先入観を裏切る大天才。小説マジシャンです。
ミスリードが上手すぎるんですよねえ。
意外すぎる衝撃という喜びを与えてくれて感謝です。
◆だが真相は闇の中
作中作の展開で始まるミステリー殺人。
鹿谷門実が書いた小説内で犯人が明らかになるも、それを読み終えた島田が、実は真犯人は別なのではと疑い、その人物が明らかになる。
という流れで終わってるわけですが、真実かどうかは不明のまま。
最もらしい推理で辻褄は通っておりますが、真犯人が自白したわけでも逮捕されたわけでもありません。
それに、他の参加者が犯人だったとしても、論理的には成立しちゃうんでよね。
襲われた被害者の防犯ブザーで、一緒に駆けつけた島田と宇多山以外は、誰もが犯人である可能性があります。
彼らが犯人でないという傍証が見当たらないので、一人に絞り込めなかったのが難解の理由。
『迷路館の殺人〈新装改訂版〉 』
綾辻行人(著)
講談社
2009年11月13日発売
全373ページ
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