
深夜に駆る亡きスプリンター×天才演劇部の服毒自殺
かたや、陸上部で将来を嘱望されたランナー。こなた、演劇部で大喝采を浴びた女生徒。そんな「天才」達を襲った突然の死に、僕と彼女は引き寄せられる。恋をするように事件に夢中になる。なぜ? だって、そこに「死」があるから。「彼女」はその悲劇の「味」を誰よりも何よりも好むから――。騙し騙され、恋し恋する。謎めく二人の高校生が織りなす、青春×ゴシックミステリー!
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◆登場人物
薊拓海……くのりの補佐役を担う平凡な高校一年生
檻杖くのり……魔女の血を継ぐミステリアスなご令嬢
檻杖閑也……久城市の素封家。くのりの父親
七尾寛司……元陸上部部長で拓海と同学の三年
荷稲修……先月事故で亡くなった天才スプリンター。他校の三年
橋田耕……修と同じ陸上部の三年。七尾をライバル視してる
斑尾研二……中肉中背、三十代半ばの鏑木署所属刑事
楷樹蒼一郎……私立海蘭学院高校演劇部の顧問
柊いそら……自殺した演劇部主力の二年
倉野麦絵……柊の代役として『赤い靴』の主役を演じる二年
【目次】
第一話 魔女の残影
第二話 嘘つき魔女の舞台
第三話 いつか魔女は(エピローグ)
全201ページ
【感情トリガー】
第一話 魔女の残影
├末期の言葉【謎】🤔(ナゾ)
├参考記録扱【知】🤔(ヘェ~)
├顔を貸す兄【訝】🤔(ハ?)
└見当識障害【驚】😳(エッ⁉︎ イガイ)
第二話 嘘つき魔女の舞台
├死んだ理由【謎】🤔(ナゾ)
├虐めてた子【驚】😳(エッ⁉︎ イガイ)
├魔女の演技【茫】😳(????)
├順番が違う【訝】🤔(ハ?)
├無臭の薔薇【驚】😳(エッ⁉︎ イガイ)
└称賛の秘密【解】🤔(ナルホド)
第三話 いつか魔女は

夏の残滓がのこる秋の暮れ、高二の拓海は引退したばかりの元陸上部——七尾先輩に案内されて、降りたシャッターの目立つ商店街まで足を運んでいた。
角にある大きなスーパーの壁に、トラックが衝突した痕跡がまだ残っている。
拓海と七尾先輩に同道していた長い黒髪の少女——くのりが其の壁に近づき、唇を接触させた。
彼女の奇行に七尾先輩は思わず目を見張る。
くのりの変わった体質をよく知る拓海が彼を制し、彼女の様子を見守った。
まるで憑依されたかのように取り乱し、くのりが男口調で苦悶しだした。
おそらく、ここで居眠り運転による事故に巻き込まれ、先月亡くなった天才スプリンターの悲痛な遺言だろうと思われる。七尾先輩のライバルであり、幼馴染でもあった荷稲修の。
くのりは最後に「母さん……死ぬ……」と彼の言葉で残し、いつもの陰気な少女に戻った。
近くで茫然と見守っていた依頼主の七尾先輩が怪訝に訊ね、説明を求める。
拓海がイタコの口寄せと喩えると、案外に彼は納得した様子。
そもそも其れを期待して拓海たちに依頼してきたのだから、然もありなんだろう。
七尾先輩が依頼してきたきっかけは、他校内のグランドを真夜中に走る幽霊が数度目撃され、その特徴的な走り方と事故死との関連から荷稲修の亡霊だろうと推測されたからである。
が、幼馴染が残した言葉に七尾先輩はどうも釈然としない。
『母さんが死ぬ』
その言葉が意味するものとは何か?

その前の文章と何の脈絡もなく豆知識が出てくる。
それは陸上競技の公式ルールについてだった。
追い風——走者の後方から走行方向へ吹く風——の風速が秒速二メートルを超える場合、その記録は公認されず、追い風参考記録として扱われると。
短距離走、ハードル競走、走幅跳、三段跳などが該当。
ちなみにここの「追い風」とは風速の平均値のこと。
選手の左右に吹く風は測定されない。

風のぬるい夜更けに、拓海とくのりは亡き天才スプリンターが通っていた校内の体育倉庫で静かに待ち伏せていた。
夜な夜なグランドで荷稲修と同じ走り方をする亡霊の正体を。
果然、顔の半面に大きな痣のある男が一人でやってきた。
七尾先輩の伝手を借り、椎名高校の陸上部部員に協力してもらってグループチャットに書き込みしてもらったおかげだ。
荷稲修の遺書が見つかって部室に置いてある、と。
拓海は訝しる痣の男に嘘の文章で呼び出したことを謝罪した。
状況がまだ理解できていないようなので、くのりが彼の名前を呼んだ。
「荷稲、修」と。
痣の男の顔が一瞬強張った。
それは兄さんの——と言い掛けたところでくのりが彼を遮った。
「あなたは、弟さんに、顔を貸して、いたん、ですね」と。

拓海とくのりの背後で待機していた七尾先輩が、顔痣のある男の前に現れた。
幼馴染であり好敵手でもあった男の顔を彼が間違えるわけがない。
なぜ痣まで作って弟——荷稲悟——のふりをしているのか。
七尾先輩が問うと荷稲修は答えた。
たまに引きこもりの弟が顔の痣をメイクで隠し、兄のふりをして外出していた。周りの目を気にせずに済むから。
そして車の衝突事故に巻き込まれ、弟は亡くなった。
ちょうどいい機会だと思った。
陸上にもう未練はない、と。
いやいや、それはおかしい。
拓海と七尾先輩が訪ねたとき、荷稲の母親はそんな事情を説明していなかった。
産んだ時から毎日兄弟の顔を見てる母親を騙せるとは思えないし、息子の死で窶れてしまってる母親が嘘をついていたとも思えない。
くのりが端的に説明した。
彼女は見当識障害を患っていると。兄弟の区別もできないほどの認知症だと。

合同授業として訪れていた拓海とくのりは、どの生徒も慎ましく上品な風紀が見られる海蘭学院高校の講堂に赴き、事件の関係者たちと対面した。
事の発端は二週間前、演劇部主力の女子高生が舞台となる講堂内で服毒自殺をしたこと。
事件性はないと警察は判断したのだが、三十半ばの無精髭面刑事が久城市の権力者——くのりの父親——に依頼し、魔女の能力をもつ娘のくのりが、相方の拓海と共に調査することになったのだ。
亡くなったのは二年の柊いそら。劇『赤い靴』の主役の少女役で、文化祭に向けて部員たちと猛稽古していたという。
朝練の七時二十分には皆講堂に集まったのだが、七時半を過ぎてもは柊いそらは現れなかった。
部員たちが壇上の幕を上げると、劇の衣装を纏った柊が倒れていた。
演劇部は柊を除くと男女四名。そして、顧問の先生。
彼らのいる講堂内の壇上にくのりが上がり、柊の倒れてた床を舐め上げた。
くのりが死者の声を再現する。
ひどく取り乱した声で、なんどもなんども誰かに謝っていた。
拓海が彼女の、あるワードに注目する。
「やめられなかった」という言葉。何を?
最後に「たすけて」と残し、いつものくのりに戻る。
彼女は柊が持っていた壜が無くなっていると言い出した。
当時の所持品まで分かるらしい。
勝ってに遺体から持ち出していたのは二年の倉野麦絵。
柊の代替えとなった主役の子だ。
なぜ持ち出したのか顧問の楷樹先生に問われると、地味目な倉野が柊いそらの裏の顔を告白した。
薬をやっていたのだと。
翌日の放課後、拓海とくのりは近くの駅構内にある珈琲店で、無精髭面の斑尾刑事と再会した。
壜の中身が判明したという。
脱法ドラッグの一種、レインボー。
違法でないから取り締まれないと刑事は云う。
マッチングアプリのサークルで繋がり、足のつかない売買アプリで取引すると手に入る。サークルの中には自殺系サイトもあるらしい。
天才だと学校中に称賛される柊いそらは、なぜ薬に手を出し、自ら命を絶ってしまったのか?
そもそも本当に柊いそらは服毒していたのか?
体内から検出されたという明示はなかった。根拠は?
脱法ドラッグも壜の中を調べただけ。常用していたという証拠にはならない。
まだまだ謎だらけである。

柊いそらは、なぜ自殺したのか。
その理由を探るため、拓海とくのりは海蘭学院の教頭から彼女のスマホを回収し、黄昏の裏庭ベンチでその中身をチェックしていた。
部員たちとの演劇に関する動画はたくさん撮られていたが、薬物につながるSNSのメッセージや自殺系サイトの履歴は見られなかった。
足がつかないよう慎重に使っていたのか?
それとも薬物とは無関係で自殺でもなかったのか?
二人のいるベンチに演劇部顧問の野暮ったい楷樹先生が訪ねてきた。小柄でショートカットの女子生徒といっしょに。
亡くなった柊いそらと同じルームメイトだと楷樹先生が紹介し、二年の灰村香織と不遜的に少女が名乗った。
お嬢様学校に似つかわしくない無骨な態度だが、その見た目とは裏腹に成績は優秀だと彼女自身、自負している。
捜査に協力的な楷樹先生が手を回してくれたようだ。
おなじルームメイトから見て、柊いそらはどんな人物だったのか?
早速、拓海が端的に質問した。
灰村は、彼女は執念の塊だと評した。
毎日録画し、自分の演技をチェックしていたと。
薬物に関しては不確かで、事実かは判然としない。
そもそも女子寮は生徒も教師も寮館に荷物をチェックされるから、寮内に持ち込むのは難しいと云う。
そこで楷樹先生が教員室に戻ると言い、灰村香織を残して行った。
口の軽い灰村が続ける。
柊は楷樹先生に感謝していたと。元々イジメられていた彼女を先生が助け、一時期海蘭でも話題に上がるほど。
聞いた話では、生ゴミを食わされかけてたらしい。それを止めたのが顧問の先生だったのだ。
すると、相変わらずの訥弁でくのりが訊ねた。
誰が柊いそらを虐めていたのかと。
灰村から上がったのは、意外な人物だった。
二年で同じ演劇部の倉野麦絵だ、と。

ギャルっぽい軽薄さを醸す小柄な灰村香織から知らされた、柊いそらを虐めていたのは倉野麦絵という意外な事実が明かされた。
すでに空は宵となり、拓海はくのりを連れて自宅に帰った。
二人が部屋で柊いそらのスマホに保存してある動画をチェックすると、去年撮られた劇で主役を演じる倉野麦絵が映っていた。
柊が自分を虐めていた倉野にメイクをしてる様子も残っている。
今じゃ柊いそらが主力だったと称され、倉野が脇役側なのに、立場が逆転していることに拓海は違和感をいだく。
くのりだけは、その真相に薄々気づいているようだ。
彼女は「魔法を使ってみる」と脈絡のない宣言をし、翌日の講堂でそれを実行してみせた。
くのりは他の演劇部たちと即興で『赤い靴』の主役である少女を演じてみせ、素人の戯言だと見縊っていた彼らに感動を与えたのだ。
主役の一時的な代役として練習を終えたくのりと共に、拓海は街頭が点きはじめた駅への坂道を下りながら、文化祭にも出演するつもりなのかを問うた。
くのりは否定した。あれは魔法だからと。
その解釈に拓海は困惑する。
すると、くのりが一つ、ヒントを与えた。
柊いそらは本当に天才だったのか、と。
翌日の夜、拓海とくのりは海蘭学院の講堂舞台裏に潜み、誰かを待ち伏せていた。
罠にかかる動物のように一人の影がこっそりと現れ、舞台裏のほうに侵入してきた。備品や小道具などが置かれている架台に近づき、スマホの明かりで何かを探している。
そこで講堂のスポットライトがピカッと灯り、舞台裏の定位置に照明が中る。舞台袖に隠れていたくのりが侵入者の前に現れ、告げ出した。
クスリ——壜に入っていたレインボー——なら入ってない、と。
ライトの光を浴びて凝然としている倉野麦絵に。
順番が逆だったのよね、と。

くのりと拓海は講堂に倉野麦絵を残し、夜の暗い廊下を通って理科室にやってきた。
戸棚に隠されていたキャンディ——危険ドラッグのレインボー——の詰まった壜を発見すると、くのりは、ここでドラッグが作られていたと云う。
ある人物の声が聞こえ、理科室の扉が開かれる。
楷樹蒼一郎先生が二人の前に悠然と現れた。
驚いていた拓海と違い、くのりは来ることを知っていたかのような落ち着きを払っている。彼女は楷樹先生に経緯を解き明かした。
危険ドラッグの入った壜に猛毒のトリカブトを紛れ込ませる仕掛けのこと。本当は、楷樹先生に渡された壜の猛毒で、倉野麦絵が死ぬはずだったことを。
落ちぶれた訳を倉野自身が語っていた。
柊いそらに生ゴミを食わせようとしてたら楷樹先生に止められ、床に落ちてるその生ゴミを先生に食べられたから、と。
先生にそこまでさせるほどの存在なのだから、柊いそらこそ本物なのだ、と。
くのりはその正気とは思えない行動にも言及した。
楷樹先生はずっと騙していたのだと。
その根拠に上げたのが、演劇の練習にくのりが参加したとき、先生に渡した薔薇の花だった。
品種はグリーンアイス。文字通り、ほのかに緑っぽさのある白い薔薇で、拓海が渡したときに良い香りがすると伝えていた。
すると楷樹先生は「そうですね」と言ったのだ。
グリーンアイスの品種は、ほとんど香りがしない花なのに。
くのりが彼に告げた。
嗅覚がほとんど機能していないことを。それに伴い、味覚の方も。

夜闇の校内理科室でくのりが言及し、楷樹先生は自分が嗅覚、味覚障害であることを平然と認めた。
だから床に落ちた生ゴミを食べようが、美味しい料理を食べようが彼にとって味の違いはないのだ。
倉野麦絵にレインボーを与え、トリカブトを使って自殺の幇助まで行っていた楷樹先生の人間性に拓海は訝った。
どうして柊いそらを助けたのか? やはり、演劇の天才だったからなのか?
拓海の問いに楷樹先生は呆然とする。
すでに気づいているものかと彼は思っていたようだ。
しかし、くのりは当然気づいている。
柊いそらは、倉野麦絵と演技力に大差がないことを。彼女の演技はほとんど倉野の真似ごとにすぎず、それに倉野が苛立ったから柊は虐められるようになった。
相方の拓海が異議を唱えた。
だったらなぜ演劇部の主力とまで学校中から称賛されてたのか?
くのりは婉曲的に説明した。
私たちが抱く感動は、そのときの状況で良いも悪いも変わってしまうものだと。同じ紙切れでも偉人のサイン入りで高額の値が付いてしまうように。
拓海にはまだ理解できていない。
それが柊いそらの演技と何の関係があるのか?
楷樹先生が仕掛けていたからだとくのりは云う。
彼が理科室でこっそり作っていたドラッグで。服用した者はトリップ状態となり、彼らの見ている世界が一変する。まるでユートピアに来てしまったかのような高揚感や多幸感に侵され、つまらないものにも感動すらすることがあると。
だから自分でも実験してみたとくのりは云った。魔法を使って。
魔女の魔法は調合によって作られるもの。
そして、くのりの邸宅にはお父上の温室に様々な植物がある。
そこで拓海がようやっと悟った。
くのりの演技前に自分が部員たちに振る舞った、あのお茶に、と。
ドラッグ成分を仕込んでいたのだ。過大評価はそのためっだ。
【刺激された感情の種類:6種】
驚度😳:★★★★
茫=取り留めない不可解な現象(1)
驚=後から知る意外な事実(3)
思考🤔:★★★★★★
知=豆知識を教えてくれる(1)
解=不可解が解明される(1)
訝=疑問を抱かせる言動や描写(2)
謎=不可解な問題が提起される(2)
全体を通してのプロット
第一話 魔女の残影

【人物・世界観の説明】
まだ残暑がつづく日中の秋、薊拓海は三年の七尾寛司先輩に頼まれ、素封家の令嬢——死者を食らい死者の声を再現する魔女——檻杖くのりと共に隣町にある椎名高校のグラウンドまで足を運んでいた。
先月、ここの天才スプリンターが亡くなっている。
七尾先輩の幼馴染でおなじ三年の荷稲修。
その幽霊が夜中に走っている姿が目撃されてるらしい。
オカルトに精通してる噂を耳にし、七尾先輩が拓海に相談をしていた。
本当に幼馴染の幽霊なのか単なる噂なのか誰かの悪戯なのか、その真相を知りたいと。
【物語が始まる起点・問題】
七尾先輩に案内された荷稲修が亡くなった現場で、くのりが死跡を舐め、死者の声を再現する。
荷稲修は夕方の商店街で、居眠り運転してたトラックに巻き込まれて亡くなっているのだが、くのりが再現した言葉では『母さんが死ぬ』と残した。
死者を食べ終わったくのりも、味が薄かったと云う。
本当に荷稲修がここで亡くなったのかという疑問が生じる。
【人物の葛藤・苦しみ】
荷稲家の家族に会いに行く。
幽霊の目撃者から話を聞く。
盲目のシスターに相談する。
【問題解決に向かう最後の決意】
シスターのはったりにくのりが真相に気づく。
【問題解決への行動】
嘘の情報を流して幽霊の正体を誘き出す。
その人物にくのりが真相を明かす。
第二話 嘘つき魔女の舞台

【舞台設定】
街から離れた陸の孤島にある私立海蘭学院高等学校。
合同授業という名目ではるばる来校していた拓海とくのりが、演劇部の通し稽古を観劇している。
先週の休日、拓海はくのりの邸宅に招かれ、父親の檻杖閑也と彼の知人である斑尾刑事から、ある依頼を受けていた。
発端は二週間前に服毒した女子高生の自殺。
大学附属の海蘭高校生で、彼女は演劇部の主力だった二年の柊いそら。
警察の見解では自殺と処理されているが、斑尾刑事は釈然としない。
しかし、事件性の証拠もなく学校を捜査するわけにもいかないため、魔女の力を持った娘のいる檻杖閑也に斑尾刑事が相談し、娘のくのりが合同授業として調査を代行することになった。
ただ、くのり一人だとコミュニケーションに支障をきたすため、彼女の気の許す拓海がその円滑役として選ばれたのが経緯。
【問題提起】
柊いそらが自殺した現場——演劇舞台でもある講堂の壇上——でくのりが死跡を舐め、彼女の声を再現する。
何度もなんども謝罪する死者の言葉に、拓海が気になる言葉を見つける。
『やめられなかった』
何をやめられなかったのか?
柊いそらをよく知る同じ部員の子が、ある証言をする。
彼女は時々、変な飴を……薬を飲んでいたと。
自殺の裏でドラッグが関係していたことが浮上する。
【試練の時】
斑尾刑事から薬に関する情報を聞く。
柊いそらのルームメイトから話を聞く。
柊いそらのスマホから演劇の動画をチェックしていく。
くのりが自ら舞台に立ち、仮説を検証する。
【解決手段】
夜の校内で待ち伏せていた拓海とくのりが、犯人に服毒自殺の真相を明かす。
第三話 いつか魔女は
【エピローグ】
事件から一ヶ月後の冬。
隣町まで買い物で来ていた拓海とくのりが、ジョギング中の七尾先輩と再会し、事件後の荷稲家について知らされる。
コンビニに寄った拓海の帰りを待っているくのりの前に、大道芸人のピエロが現れ、救いの手を差し伸べてくる。が、すぐに居なくなる。
戻ってきた拓海がくのりを何年かぶりに笑わせ、買ってきたアイスを一緒に食べる。
読了した感想
◆今回は深い眠りにつかなった!
死者に近づける奇妙な体質から魔女だったり山姥と謂れる檻杖家。
死者を食べる——亡くなった人の死跡に触れたり、舐めたり、体内に入れたりする——ことで故人の記憶や体験を共有し、言葉を再現してしまう特異体質でありますが、死者を多く食べすぎるとその負荷に耐えられず、深い眠りに就いてしまうという副作用的な弱点もあることが前巻で明示されてます。
魔女の血を継ぐ檻杖くのりの母親は、六度目の深い眠りで壊れ、亡くなってしまった。くのりも既に二度、眠っています。
一度目が小学生のころ。
二度目は拓海と再会した高校一年の夏。
そして、今回はその年の秋であります。
二つの事件に絡み、死者を食べたくのりは無事。深い眠りに就くことはなかった。
いつ発動するか分からない不安感がスリリングですよね。
◆くのりの複雑な女心
幼いころから変わり者だと白い目で見られてきた檻杖くのり。
彼女が唯一心をゆるす友達が同級生の薊拓海です。
自分の性格や体質のこともよく知っている良き理解者だからこそ、飾らない自分を曝けだせるくのりですが、そんな彼に矛盾する想いを抱えていました。
助けてほしい。でも助けないでほしい。
呪われた靴で踊り狂ったらその足を切ってほしいと拓海に願い、また、ピエロと出会したあとでは、助けないでねとくのりは言った。
おそらく、拓海と長い付き合いになることを想定して願った言葉でしょう。
もし自分でも抑制できない状態となり、誰かを傷つけてしまうようだったら躊躇わず止めてほしい。それが酷な手段であっても。
だけど、自分のために犠牲となることだけはしないでほしい。
そんな想いが隠れているのではないでしょうか。
くのりに恋愛感情なんてものがあるのか分かりませんが、少なくとも優しさはあるんだなと窺えますね。
◆拓海もまた複雑
くのりが真相を解く探偵役だとしたら、拓海はその助手役という立ち位置です。
彼が初めてくのりと出会ったのは小学校の入学式。
それから三年間、くのりは登校せず、ふたたび再会したのは小学四年生の頃。
プリントを取りにきた拓海が理科室に入ると、長い黒髪が広げ、床に横たわっていたくのりを発見する。
その姿はまるで亡骸のようだっと拓海は魅了されてました。
これは憶測ですが、拓海には死体愛好者のような性癖を潜在的に持っているのかもしれません。
くのりが死者を食べるほど死に近づく性質を知り、拓海は葛藤していました。
死体となったくのりの姿に会いたいという異常な欲望。それが危険な欲望だと知っているからこそ、拓海は一時期、くのりから距離を置いていたのだと思います。
今はもう流れるままに身を任すてきな諦観で、くのりと近しい関係を続けているわけですが、それが長く続かないことを何となく悟っている。
くのりも同じ。
だから二人でいられた貴重な瞬間に、『いつか恋のように思い出す』と儚い言葉で幕を閉じたんでしょうね。
『魔女推理―きっといつか、恋のように思い出す―』
三田誠 (著)
新潮社
2023年12月25日発売
全201ページ
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