
不審死×呪い×魔女×弁護人
16世紀の神聖ローマ帝国。法学の元大学教授のローゼンは旅の道中、ある村で魔女裁判に遭遇する。
水車小屋の管理人を魔術で殺したとして告発されていたのは少女・アン。法学者としてアンを審問し、その無罪を信じたローゼンは、村の領主に申し出て事件の捜査を始めるが――。
魔女の存在が信じられていた社会を舞台に、法学者の青年が論理的に魔女裁判に挑むリーガルミステリー!
Amazon
◆登場人物
ローゼン……名門エルンスト大学法学部の元教授
リリ……ローゼンと旅をしている少女
アン……魔女裁判の被告人。母親も魔女として処刑されている
ランドセン……村の領主。アインステイン領の統治者の次男
アベール……新たに赴任した村の司法官
ベナルドゥス……村の教会の神父
コッペル……村の宣託師
モッグ……村長。魔女委員会代表
デーン夫人……魔女委員会副代表
ザイン……村の墓守
エレナ……ローゼンの教え子。故人
エッグハルト……ローゼンの師。エルンスト大学学長
【目次】
なし
【感情トリガー】
悪魔の焼印【困】😫(ナニ⁉︎)
灰隠しの謎【謎】🤔(ナゾ)
真っ青な顔【怪】😣(ン⁉︎ ナンダロウ?)
盗人の犯人【察】🤔(マサカ…)
呪いの標的【訝】🤔(ハ?)
不在の証明【肯】🤔(タシカニ)
髪と爪の謎【驚】😳(エッ⁉︎ イガイ)
胸の火傷痕【蟠】😫(キニナル)
神明の裁判【謎】🤔(ナゾ)
罪への逃亡【呆】😳(……)
刃物恐怖症【困】😫(ナニ⁉︎)

ある村で魔女裁判が行われようとしていた。
遥々来村してきた三十手前の元法学部教授ローゼンと、彼に付き添う十四歳の少女リリ。
彼の肩書きを知った村の領主や村長、裁判関係者から依頼され、現在、魔女の疑いが掛けれられているアン嬢の裁判をローゼンは請け負うことにした。
アンはまだ十七歳くらい。彼女に三人の殺害容疑が掛かっている。
最初の事件は十日前。
村の役人夫婦が夕食時に突然苦しみ、倒れた。
一緒に会食していた男のほうは無事で、夫婦は亡くなった。
その五日後、無事だったほうの男が自宅で倒れ、亡くなっていた。
なぜ、二つの事件がアンに結びついてしまうのか?
半年前、アンの母親が魔女裁判で火刑に処された。
その裁判の司法官だったのが変死した役人の男だった。アンには彼を恨む動機がある。
そして、この村で信頼されてる宣託師の爺さんが、『このひと月のうちに魔術が行われる』と役人夫婦の死後、予言していた。
二つの事件は都合よくアン嬢に結びつく。
領主の館で勾留されているアン嬢と対面したローゼンは、自分は無実だと神に誓う彼女の言葉を信じることにした。
問題は二件目の事件である。
亡くなった水車小屋の管理人は、魔除けの円十字——この村では常識となってる慣習——を家に施していなかった。
宣託師が魔術の恐れを予言しており、村の誰もが魔女の存在に怯えていたはずなのに。
家のドアにワインで描く単純な呪いだが、管理小屋にはそれが見られなかった。
また、彼の胸には悪魔の顔と思しき火傷痕が見られた。証言者によれば、二日前にはなかったと云う。
ローゼンは考えた。魔術が実際に行われたかどうかを証明するのは難しい。ならば、説明可能な事象を挙げて無実を証明しようと。
まず、別の犯人がいたと仮定する。
そして、水車小屋の管理人は魔除けの呪いを施していたと。
魔除けをしていたのに死んでいたということは、死因は魔術ではなかったということ。
管理人は元兵士長で簡単に制圧できるものではない。おそらく犯人が訪れた時点で、すでに亡くっていた。その後に、ドアの呪いを消したのだろう。悪魔の火傷痕も、犯人の仕業と考えられる。
すべては魔女の犯行と思わせるため。
アン嬢を処刑にするための偽装工作。
しかし、ローゼンのこの推測は領主に否定されてしまう。
その理由は二つ。
一つ、木製の扉に付けられたワインのしみは、完全に落とすことはできない。
二つ、アン嬢は魔女だと村人の多くが肯定しており、偽装工作を施さなくても彼女の処刑はほぼ確定しているということ。
胸に焼き印をする必要性はどこにもなかったのだ。

ローゼンとリリがアインステイン領の村を訪ねてから二日目。
灰を正円に盛ることで罪を隠すことできると信じられている呪いが、今朝、村の民家十軒に施されていた。
どの家もアンに物取りされたと予審で主張していた共通点がある。
ところが、村の慣習にくわしい神父が云うには、これでは呪いとして成立していないとのこと。
いびつな半円に盛られていたからだ。
村人はアンの仕業だと疑っているが、彼女はまだ勾留中の身。灰隠しをした犯人は別にいると考えたほうがいい。
では、なぜ犯人は中途半端な呪いを民家に工作したのか?
神父はもう一つの共通点に気づく。
十軒のどの家も、子どもがいるということに。

灰隠しが施されていた家々を見たあと、ローゼンは若い司法官のアベールと神父のベナルドゥス、案内役のザインと共に水車小屋へやってきた。
やはり、魔除けの円十字を隠滅したような痕跡は見られず、管理人のガルガドは無防備だったことが分かる。
室内を見渡すと、寝床の中央に円十字が突き立てられていた。
彫った木で作られた手製のもので、膝ほどの高さがある。
これはいったいどんな呪いなのだろうか?
ローゼンがアベールに尋ねようとして振り返ると、青年は入口のところで顔を真っ青にしていた。息も乱れ、その瞳に恐怖の色も見られた。
いったい何に怯えているのか? 部屋を見渡しても原因は分からない。
彼は役人夫妻が亡くなってから二日後に来村してきたばかり。日も浅く、この村の慣習にも詳しいとはいえない。
一応ローゼンは尋ねてみたが、やはりアベールは応えようとしなかった。

魔女裁判の依頼を受けてから二日目の夜。
裁判が始まり、検察官としてローゼンは群衆があつまる教会前の広場でアン嬢に向けられた容疑について語りだす。
魔術によるガルガドの殺害、窃盗、害悪魔術を行った疑い。
その内の『窃盗』を取り上げ、アンが無実であることを証明しようとする。
今朝方に起きた灰隠しの呪いは、窃盗の被害を受けた民家ばかりだった。昨夜もランドセンの館に勾留中だったアン嬢の仕業とは思えない。道具もない状態で魔術は行えないからだ。
灰隠しを行った人物は別にいる。そして、窃盗の罪を隠そうとしている。
仮にアン嬢が動物などを使役して魔術を施したとする。いったい、何のために?
殺害容疑を掛けられているのだから、灰隠しを行うならガルガドの水車小屋でないと筋が通らない。
そして、なぜ灰隠しは行われたのか?
そんなことをせずとも裁判でアン嬢の罪は可決となり、窃盗の罪も被らせることができるのに。
つまり、灰隠しをせざるを得なかった。
どうして?
有能と思われている司法官のローゼンが、アン嬢の無実を信じていると知ったからだ。
もし、アン嬢が無罪となれば、窃盗犯の再捜査がはじまり、罪が明るみになる恐れがあった。
だから灰隠しを施したのだ。
ローゼンは四人の容疑者候補を挙げた。
領主のランドセン、若き司法官のアベール、神父のベナルドゥス。
そして、教会で神父との会話を聞いていたかもしれない墓守のザイン。
この中に犯人がいることをローゼンは確信していた。
まさか……、だから歪な半円状に灰が盛られていたのか。
鉱石の発掘で事故に遭い、以降、頭がおかしくなったと思われている男。たびたび道で転んだり、人にぶつかったりしていたあの人物。
墓守のザイン。
となると、墓荒らしの一件も彼の仕業なのかもしれない。
ちょうど裁判が始まる前に、ザインが証言してきた墓地での目撃。
墓荒らしの前日にもアン嬢を見かけたと彼は云っていたが、魔女の疑いを強めるための捏造だったのだろう。

アン嬢に容疑が掛けられていた窃盗については、ザインの自白により冤罪であったこが証明できた。
しかし、翌日になるとローゼンへの放逐の動きが見られるようになった。魔女の肩をもつなど、村人たちは許さない。
領主であるランドセンからも村を出るよう言われる始末。
聴衆の前でザインが鞭打ちの刑に処されているとこを見せつけ、嘘の証言への脅迫として利用していたローゼンだが、それで告訴を取り下げることができても魔女に唆されたんだと思われるのがオチ。
アン嬢を無罪と村人たちに納得させなければ意味がない。
失望されたランドセンにもう一日の猶予をくれと懇願し、ローゼンは最後のチャンスを得られた。
彼は早速アベールの下へ向かうが、青年に協力を拒絶される。アベールも過去に魔女の濡れ衣を着せられたことがあり、そのせいで職と村を追い出されていたのだ。
二の舞はごめんだと冷たくあしらおうとするアベールにローゼンは食い下がる。
一つだけ聞かせて欲しい、と。ガルガドの管理小屋で、いったい何を目撃していたのか?
青年は答えた。
全部、魔女のせい。
あいつが俺に……呪いをかけた。
村長の孫である少年の証言により、水車小屋の管理人——ガルガドは、アン嬢が魔女でないと確信していたことが判明した。
これで村で唯一、魔除けの呪いをしていなかったことの説明がつく。
ローゼンはこのことを館の研究室にこもっていた領主のランドセンに伝えると、たしかに妙な話だと肯定してくれた。
では、なぜガルガドは『魔除けをしない』と村中に公言していたのか?
そんな問いがランドセンからかけられる。
ローゼンが推測するに、彼はアン嬢の無実を証明しようとしていた。
宣託師のコッペル爺さんの予言では、『このひと月の間におそろしい魔術が行われる』とある。
ならその期間、魔除けをしていないガルガドが無事なら、魔術を使えるような魔女は存在しなかったという傍証になるのだ。
この村ではコッペルの予言を疑うものは誰一人いない。
ゆえに予言を外しても、それは魔女がこの村にいなかったからと都合の良い解釈で納得してくれるはずだと。
ガルガドはそう考えていたのだ。

ローゼンの推理はまだつづく。
ガルガドは、なぜアン嬢が魔女でないと確信できたのか?
そもそもアン嬢が疑われたのは、役員のマーカム夫妻が亡くなった直後のこと。そのとき彼らと共に食事していたのがガルガドである。
彼だけが夫妻の死因を知っていた。だからアン嬢が犯人でないと確信できたのだろう。
もしも魔術が原因であれば、それは自然死と判別がつかないと云う。それならガルガドも死因は判らなかったはずだ。
夫妻は毒によって亡くなった。
もちろん彼らと懇意な関係であったガルガドの仕業ではない。
万能薬の研究に勤しむ領主——ランドセン。
彼が与えた万能薬の薬が原因で亡くなったのだ。
それを傍証する過去の事件がある。
跳ね橋を渡った対岸の墓地で起きた墓荒らし。
半年以上も前の事件だが、ランドセンの使用人だった老人の遺体が露わとなり、髪と爪の一部が剥ぎ取れていた。
見回りの墓守の証言では、事件前日の夕方は何の問題もなかったと云う。
夕方以降は跳ね橋を上げてしまうし、対岸で一日を過ごすには野犬に襲われる危険がつきまとう。
つまり、墓荒らしは村人の仕業ではなく、野犬だったのだ。
しかし、髪と爪を剥ぎ取ったのは人間の仕業。
おそらく納棺のときに事を済ませた。
そのチャンスがあったのは身寄りのない使用人の納棺に立ち会ったランドセン伯だ。
髪も爪も万能薬を作るための材料だった。
なぜ、ランドセンは身体の不自由な使用人たちも雇っているのか?
彼らはランドセンの薬を試す実験材料だったのだ。
そして、不妊に悩んでいたマーカム夫妻も。

マーカム夫妻に薬を与えていたことをランドセンは認めた。
あれは不幸の事故だったと。
しかし、ガルガドを殺していないと云う。
殺人である証拠を見つけるため、ローゼンはガルガドの遺体が眠る墓地へとランタンの灯りを頼りに向かい出した。
すでに現地で待機していたリリと合流し、二人はガルガドの墓を掘り起こす。
ついに納棺が現れ、その中身を確認した。
悪魔の絵が浮かんだといわれる左胸を見るや、驚きの声が漏れた。
腐敗が進んでいたが、たしかにY字型のような火傷痕がある。
ローゼンはその瞬間、すべてを悟った。
彼は何も説明せず、リリと村に戻っていく。

掘り起こしたガルガドの遺体から死の真相を悟ったローゼンだったが、リリと踵を返したところで村人たちに捕まり、ランドセンの館の牢獄に勾留されてまった。
公然とアン嬢を擁護したことで、魔女の仲間だと村民らに思われてしまったのだ。
待ち受けるは酷い拷問と死刑。
窮地に追いやられたローゼンの前に、元師範の学長が訪ねてきた。
修道院長でもある彼の顔が利き、最後の最後のチャンスがやってくる。
裁判の開廷。
教会の聖堂に村人たちも集まり、彼らのまえにローゼンが現れる。
これから自分が魔女でないことを証明してみせると云うのだ。
神明裁判。
焼石を触り、その手のひらが無傷なら神の寵愛を受けたものとみなし、魔女の疑惑も晴れると云う。
そしてローゼンの前に件の石が登場した。
ランドセンが柄杓で水をかけると、ジュッという音とともに蒸発する。
触れれば只ではすまないだろう高温の石に、ローゼンは手を下ろしてみせた。
しばらく触れつづけ、その手のひらを返してみせる。
しかし火傷の痕は、いっさい見られなかった。
【刺激された感情の種類:9種】
驚度😳:★★
驚=後から知る意外な事実(1)
呆=期待とは違った興醒めさせる展開(1)
思考🤔:★★★★★
肯=諭す言葉に納得する(1)
訝=疑問を抱かせる言動や描写(1)
謎=不可解な問題が提起される(2)
察=ヒントから展開の予測がつく(1)
不幸😫:★★
蟠=中途半端でまだ未解決(1)
困=目的に支障を来たす報せ(2)
恐怖😣:★
怪=言動に違和感を覚える様子(1)
全体を通してのプロット
【舞台設定】

信仰が瀰漫する中世末のヨーロッパ。
十四歳の少女リリと旅をしていた元法学部教授ローゼンが、アインステイン領の小さな村に訪れる。
その村では、今まさに魔女を処刑するための裁判が行われていた。
過去に魔女裁判で恋人を喪くしてるローゼンは、自分の肩書きを名乗り、裁判のお手伝いを申し出る。
村の村長や領主の許可を得たローゼンは、牢獄に勾留されている少女アンと対面する。
神に誓って魔女ではないと言い切るアンの言葉を信じ、ローゼンは、彼女に嫌疑が掛けられている二つの事件を調査する。
五日前の事件
水車小屋の管理人——ガルガドの変死体が管理小屋の床で発見される。
死因となる外傷は見られなかったが、胸に悪魔のしるしが浮き残っていた。
十日前の事件
村の役人夫婦が共に変死を遂げる。
当時、夫婦の自宅で食卓を一緒にしていたガルガドの前で亡くなり、神父が死亡を確認。
変死に疑問を感じた村人が宣託師の爺さんに相談し、ひと月内に魔術が行われると予言される。
半年前
少女アンの母親が魔女裁判に掛けられ、火刑に処された。
以降、娘のアンは教会に引き取られ、村人から忌み嫌われる。
アン嬢の裁判を正式に依頼されたローゼンは、この村に着任して日が浅い司法官の青年を伴い、事件についての聞き込みに回る。
【問題提起】
ローゼンがアン嬢の無実を推論で証明しようとするが、領主のランドセンから欠点を指摘され、無罪の訴えを却下されてしまう。
【問題拡張】
ローゼンが村に来て二日目、『灰隠し』という呪いが十軒の家に施される。
墓守の男から墓荒らしの情報を耳にする。
ローゼンがアン嬢を擁護していることが村人に伝わり、暴動の兆しが顕れる。
『灰隠し』をした犯人を証明した裁判で、ローゼンは村人たちを敵に回してしまう。
【試練の時】
生前のガルガドの様子を知っていた少年と出会う。
役人夫妻が亡くなった真相は突き止めたが、ガルガドの死が未だ不明。
ローゼンとリリが魔女の協力者という疑いを掛けられ、アン嬢と同じ牢獄に勾留される。
【解決手段】
ローゼンは魔女でないことを神明裁判で証明し、ガルガドを殺害した犯人も指摘する。
【締め括り】
記憶を取り戻したローゼンは、よく知る人物から真相を明かされる。
かつての師と取引をしたローゼンは、リリと共に新たな魔女騒動に臨む。
読了した感想
◆真実は誰にもわからない
そんな皮肉の利いた終幕でありました。
科学捜査が進歩してない中世時代なので、DNA鑑定や指紋照合、薬物検査といった確かな証拠は出てきていません。
ローゼンは推測だけで犯人を特定したに過ぎず、まだ被疑者に冤罪の可能性を残しています。
その懸念は現実となり、最後にとんでもない真実が明かされる……。
まさかこんな展開になるとは、まったく予想もつかなったですね。
◆火傷痕を残したアイデアが斬新!
ローゼンが墓を掘り起こして確認したガルガドの胸の火傷痕。
腐敗が進んでいたおかげで手口が露見したわけですが、まさかそんな方法で隠蔽工作していたとは想像もつきませんでした。
現代なら遺体の解剖で発覚すると思いますが、昔の時代なら見過ごしてしまうでしょうね。
敢えて偽の手がかりを遺体の身体に残して、捜査班を翻弄していたドラマ『ハンニバル』のハンニバルを想起させます。
『魔女裁判の弁護人』
君野新汰(著)
宝島社
2025年6月4日発売
全321ページ
コメントを投稿するにはログインしてください。