
登場人物・目次・感情トリガー
名探偵VS名探偵!? 二転三転のどんでん返し! 超絶多重推理バトル!
寒い正月のことだった。恋人の現役女子大生イタコ探偵・水鏡氷華とともに飛驒の山奥“蜘蛛屋敷”を訪れた僕は、迷宮入りした女当主密室殺人事件の謎を調査する。高額賞金に釣られて現れた怪しい便利屋・樋山さんと氷華の火花散らす超絶推理合戦。二人の名探偵が辿り着いたのは、哀しきひとつの真実だった。雪が降るたび思い出す、あの美しい名探偵を。元カノ実家訪問系トラベルミステリ。
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◆登場人物


【目次】
プロローグ
第一章 蜘蛛屋敷と名探偵
第二章 名探偵VSなんでも屋
第三章 密室諸因
第四章 妖魔の嗤う夜
エピローグ
【感情トリガー】
プロローグ
第一章 蜘蛛屋敷と名探偵
├犯人の動機【仮】🤔(モシカシテ)
└密室で刺殺【推】🤔💡(マテヨ…)
第二章 名探偵VSなんでも屋
├氷華の宣言【訝/慮】
🤨(ハ?)🤔💡(コウシタラ)
├焼きやぶり【知】🤓(ヘェ~)
├影沼の骨折【仮】🤔(モシカシテ)
└医者を優先【問】🤔❓(ナゼ)
第三章 密室諸因
├影沼犯人説【肯】
🤔(タシカニ)
└犯人の手口【推】🤔💡(マテヨ…)
第四章 妖魔の嗤う夜
├樋山の推理【楽】😀(ウキウキ)
├義経の発想【褒】👍(スバラシイ)
├四桁の番号【察】🤔(マサカ…)
├他の容疑者【察】🤔(マサカ…)
└謎の密告者【訝】🤨(ハ?)
エピローグ

今から約二〇年前に起きた蜘蛛屋敷での殺人事件。
平成二年一二月二一日、山奥にある邸宅に住んでいた円山夫妻の夫人が何者かに殺害されたという。
その犯人は未だ捕まっておらず、それどころか既に時効となってしまっている。
残された夫の針夫は諦めきれず、当時の関係者でもあった水鏡雪絵に真相解明を依頼した。
推理で犯人を提示できたものに一〇〇〇万円を約束すると。
その手紙をきっかけに雪絵の娘——氷華が代言者として参加し、その恋人——鳴海も助手として同道することに。
二人はまず、民宿を営む雪絵の下を訪れ、事件の詳細を伺った。
被害者は円山糸織子。
彼女は雪絵の患者で、膵臓がんを患っていたという。
昨年、本宅を何者かに放火され、山奥の別荘——蜘蛛屋敷に移住した。
糸織子は入院を拒み、代わりに雪絵が週に何日か訪問医療することに。
担当医だった雪絵は疑問に感じたという。
なぜ死期が迫ってる人間をわざわざ殺害するのか? と。
【仮説】
①過去に虐げられた円山家への復讐
昔、製糸工場のオーナーであった円山家は、悪どい方法で工女を集めていたという。
貧乏な娘を誘拐したり、仕事量に見合わない報酬、そして辞めにくくするブラックなシステム。
蜘蛛屋敷と謂われるのは、一度絡まってしまうと抜け出せいところからきている。
これらの違法な指示は、製糸工場の社長——ではなく、その妻のほうだった。
糸織子も円山家の家系だ。恨まれていてもおかしくはない。
病気で死なせるより、自分の手で復讐したほうが気も晴れるだろう。
だから糸織子は殺された。
この仮説が正しいなら、犯人は工女で亡くなった遺族関係者と思われる。
②糸織子が犯人の秘密を知ってしまったため
暴露されては困る秘密を知られたら、それは殺意の動機に繋がるだろう。
例えば、自分の社会的地位、イメージを著しく損なうような秘密。
不倫、売春、横領、殺人、窃盗などなど。
事件当時、円山針夫の還暦祝いで彼の教え子が数人参加していたという。
彼らのなかに違法行為をしていたものが混じっていたのかも。

蜘蛛屋敷で事件が起きたのは、雪絵が円山夫妻と、還暦パーティに参加していた針夫の教え子たちと対面した翌日の朝だった。
午前八時。
屋敷の離れ家で寝泊まりしていた雪絵は電話で針夫に呼び出され、一五メートルほど離れた母屋に駆けつけた。そのとき地面は新雪で軽く積もっていたが異常な足跡はみられない。
玄関で待っていた針夫の後を付いていき、二階に上がっていく。
糸織子の部屋の入り口で、眼鏡の内城と長髪の木澤が蒼白で佇んでいた。
中は暖房が効いていて暖かかったが、其のようすは身の毛がよだつほど恐ろしい光景となっている。
血で真っ赤に染まったベッドの上で、背中にナイフを突き立てられた糸織子が横たわっていた。
すでに彼女は死んでいると思われる。
警察医ではないが、雪絵なりに調べてみると死亡してから十二時間ほどは経っている。死後硬直が全身にまで進んでいた。
突き立てられたナイフの柄には血が付いていない。刃は深く刺さっている。糸織子の側にはマットレスを貫通するくらい大きな穴が開いていた。そこに大量の血も流れ込んでいる。
彼女の腰から下を覆っていた掛布団をのけると、いくつもナイフで穴を開けられ、一部は大きく切り裂かれていた。
ここまでで一旦整理してみると、おそらく第一発見者は夫の針夫と思われる。糸織子の部屋の鍵は暗証番号を必要とする電子ロック式で、其の番号を知るの夫妻のみだから。
また、外にあやしい足跡が見られなかったことから、外部犯の可能性もない。雪が積もっていたわけだから、侵入もしくは逃走の痕跡が残るはず。
つまり、糸織子を殺した犯人は蜘蛛屋敷にいた誰かということになる。
もし、暗証番号を知る者が他にいないと仮定すれば、犯人は夫の針夫だ。
しかし、針夫が犯人ならわざわざ二〇年後に捜査を依頼するだろうか?
しかも一〇〇〇万円という大金を払ってまで。
すでに時効となっているのだから、黙っていればいいはずだ。
故に針夫は犯人でない。
だとしたら、答えはひとつ。そもそも犯人なんていなかった。
これは糸織子が他殺を装った自殺だったのだ。
彼女は膵臓がんに冒され、普段から強力な睡眠剤や痛み止めを処方されていたという。しかも昨日は、病院で神経ブロック注射もしていたそうじゃないか。
鎮痛剤とブロック注射を併用すれば、より痛み止め効果は上がるといわれる。
ナイフの痛みにも耐えられたのではないか?
マットレスに穴を開け、そこにナイフの柄を差し込む。あとは突き出たナイフの刃に向かって自分の背中を倒し、突き刺すだけ。
それだけだと自殺ということがバレるかもしれない。だから事前にいくつも穴を開けたり、切り裂いたりして偽装していたのだろう。
死亡推定時刻が一二時間前くらいだから、決行したのは昨夜の午後八時ごろ。
糸織子はプライドが高かったみたいだから、病気で死ぬのを待つなんて耐えられなかった。どうせ死ぬなら、まだ動ける今のうちにと思ったのかもしれない。
じゃあ、なんでわざわざ他殺を装ったのか?
それは夫の針夫に妻殺しの罪を着せるため。
きっと、夫への不満や恨み、憎しみがあったのではなかろうか。
結局事件は未解決となり、彼女の目論見は失敗したことになるが、この密室で糸織子を刺殺するには、この方法しかないと思う。
他にあるとすれば、隠し部屋が存在するとか、暗証番号をどこかで知り得たとかぐらいだろう。それなら学生連中でも犯行は可能だ。
だが、果たしてこれが真実なのだろうか?
あまりにも簡単すぎるミステリーで、逆にちょっと自信がない。
というのも、まだ窓の鍵がどうだったのかが不明だし、そこから出入りできたのなら、糸織子の部屋のちょうど下の階の部屋から侵入できる。非常用階段があるからだ。
そして、そこで寝泊まりしてたのが教え子の影沼。お淑やそうなのは演技だったのか?
もうひとつ気になるのが、糸織子のベッド——枕側にあたる壁に小さな穴が空いていること。
ちょうど廊下を挟んで向かいがわの図書館にあたる位置に穴が空いている。
どのくらいの大きさなのだろうか? 針くらい? それともピンポン玉くらい?
雪絵の大型車で野麦山荘から円山の邸宅に辿り着いた鳴海たち。
なぜか、二〇年前の事件も担当していたという警察の刑部も集まっていた。
鳴海たちは、犯人の動機がわかったというその理由を針夫に訊ねた。
二ヶ月前、元私立探偵の男が突然現れ、糸織子の悪事をネタに強請ってきたという。どうやら、針夫の知らぬところで当時の教え子たちを脅迫していたらしい。音声テープの証拠まであった。
もし、これが動機だとしたら、蜘蛛屋敷に来ていた元教え子たちの中に犯人がいる。
そう思った針夫は強請ってきた男を金で雇い、事件の再調査と現在の元教え子たちの調査を依頼した。
しかし、一ヶ月前からゆすり屋の男との連絡が取れなくなった。
煙原という五〇代の男なのだが、彼は同じ岐阜県の廃工場跡地で自殺してたことが判明した。
内側からロックされた車内で、練炭コンロが助手席の足元に置かれてあったと。
通報があったのは去年の一二月一五日午後七時二五分。
なんと、その第一発見者が元教え子の木澤卓であった。
そこまで分かったところで不遜な来客が屋敷に現れた。
鳴海のバイト先の店長——なんでも屋の樋山忍。
推理検討会の代言者として来たらしい。
彼は来てそうそう、ライバルとなる氷華に挑戦状を叩きつけた。
それは煙原殺害事件の殺害方法を推理してみろというもの。
樋山は既に真相に至っているようだ。

煙原殺害事件の詳細
木澤の証言
去年、煙原は木澤に近づき、二〇年前の調査報告書を買い取らないかと強請っていた。
木澤は強請りに応じ、午後七時に廃工場跡地に呼び出された。
車で敷地内まで入った木澤は、停めてあった煙原の車を確認した。2ドアタイプの古いセダン。コの字型の建屋が敷地内にあり、その凹みに収まるよう縦列駐車されていた。運転席側が壁にほぼ密着している状態。
おかしいと感じたのは、除雪されていたことだった。ちょうど車の出入りする所から煙原の車のあたりまで。それ以外は足首ほどまで地面に雪が積もっていた。
木澤は車から降りて煙原の下へ近づいた。
エンジンは掛かっていなかった。外は厳しい寒さだというのに。
窓を叩いても返事はなく、車内を覗き込んでみた。後部座席は荷物でパンパン。
煙原は運転席で意識を失っている。助手席の足元に燃え切った練炭があった。
木澤はすぐに警察へは連絡せず、助手席側にあった過去の調査報告書を奪おうとした。
自分の車から持ってきたホイールレンチで助手席側の窓を割り、鍵を開けた。
煙原の首を触診してみると、すでに死後硬直が進んでいるようだった。
そこは圏外だったため、木澤は引き返し、電波のつながる場所で通報した。
刑部の情報
死因は一酸化炭素中毒。強力な睡眠薬も服用していた。
死亡推定時刻は、一五日の午前一一時から正午までの間。
木澤が呼び出しメールを受けたのがその日の午前一〇時前。だが、そのころの煙原はすでに睡眠薬で眠っていた推測される。
内側からロックされた助手席側のドアは鍵なしタイプで、外からは開けられない。
運転席側の鍵は開いていたが、壁とほぼ密着していて、細い糸を使って助手席側の鍵を掛けるのも不可能。また車が古いため、鍵を内側から掛けるにはコツがいる。
車のキーは車内にあった煙原の鞄のなかに入っていた。つまり密室状態。
ちなみにギアはパーキングで、おまけにサイドブレーキまで掛かっていた。
トランクの中は空。
煙原が死亡する前夜、名古屋市内の公衆電話から着信履歴が彼の携帯に残っていた。
そこまで聞いた氷華は満足したように頷き、館内にいる全員に宣った。
「真相が分かりました」と。
えっ、もう分かったの?
ん〜……
真相は分からないけど、犯人は別の場所、例えば喫茶店とかに煙原を呼び出し、強力な睡眠剤を飲み物に混入させて眠らせた。
そのあと練炭コンロで殺害する。
煙原を乗せたセダンを廃工場跡地まで牽引自動車で運んだ。
あとはその車を建屋の間にすっぽりと嵌めるだけ。
まず車を浮かす道具(油圧ジャッキ)で床との隙間を作る。その隙間にいつくもの丸いパイプを置いていく。建屋の凹みまでカーペットのように配置することで、タイヤがロックされた車でも横に転がすことが可能というわけ。
敷地内を除雪したのはそのためと思われる。雪が積もったままだと転がせないから。
あとはパイプを回収し、牽引車で退散したのだろう。これで密室の現場を再現できる。
犯人はおそらくだが、今回の推理検討会を設けた円山針夫。
煙原は度し難いほどのゆすり屋なので、きっと何度も同じようなことで強請りつづけることだろう。こういう輩には際限がないのだ。
だから針夫は睡眠薬を盛って煙原を眠らせた。練炭コンロや牽引などの作業は針夫が雇った工作員だと思われる。八〇になる爺さんには堪える作業だ。
この推理が外れたとしても筋は通るだろう。たぶん。

氷華の推理した煙原殺害事件の真相は檜山の推理と一致した。
我が意を得たりといった感じか、晴れて氷華の実力が認められたようだ。
蜘蛛屋敷に呼ばれていた眼鏡の内城と陰湿そうな影沼——二人とも二〇年前の事件の当事者で針夫の元教え子——も集まり、いよいよ糸織子を殺害した謎に迫っていく。
さっそく一同が向かったのは糸織子の部屋だ。
部屋は事件当時のままを再現している。
四桁の暗証番号がいる電子ロック式の扉で、それを知っていたのは糸織子本人と夫の針夫のみ。扉の上には鍵の開いていた窓があるが、大人が入れる大きさではない。
電子ロックの開錠は内側からも番号入力が必要で、窓の隙間から鉤などで開錠することはできない。
当然、暗証番号を知る針夫が容疑者として考えられるが、糸織子が死亡したとされる午後八時から九時の間、針夫は教え子の木澤といっしょに二階のサロンでチェスをしていた。
この二人が共犯でもない限り、糸織子を殺害することは不可能ということになる。
だが、部屋の南側に位置する窓の鍵は開いていた。しかも、スライド式の錠なのだが、その周辺のガラスが割られていたのだ。
つまり、侵入された形跡がある。
木澤と針夫の証言では、午後八時に薬で眠ってしまった糸織子を二人で部屋に運んだという。針夫はドアが閉まらないようそこで佇み、木澤がベッドに寝かし、掛け布団をかけたと。
そして彼らはチェスをすることになった。このとき窓が割れていたのなら異常にきづくはず。
つまり、侵入されたのは午後八時以降。
刑部が云うには、窓は焼き破りという方法で割られていた。
外側からガラスをライターなどで炙ることにより、急激な温度変化によって容易に割れてしまうらしい。時間も数十秒程度。おまけに大きな音も発生しない。

糸織子の部屋の窓は焼き破りという方法で割られていた。
スライド錠も開けられており、侵入された可能性が浮上する。
だが、窓を開け、ベランダに出ると欄干の上に鉄格子が付いている。
屋根まで届き、人がすり抜けられる隙はない。さらにその下は崖だ。
外部犯が外からベランダに侵入することは不可能。
ところが、床には方形のハッチが設られている。
開けると非常用梯子があり、一階のベランダに通じている。
当時、影沼帆香に宛てられていた部屋だった。
彼女は午後八時以降、部屋を全く出ていないと証言している。
夜に階段から転倒し、足首を骨折してしまったからだと。
事件が発覚したその日に病院へ行き、確かに骨折が認められていた。
この状態で梯子の昇り降りはできないと医者は云う。
偶然にしては出来過ぎでないだろうか。
糸織子を襲える都合の良い部屋で宿泊していて、たまたまその日に骨折だなんて。
一応、影沼が転倒したあと雪絵がその足首を診ていた。
でも、その時点では捻挫なのか骨折なのか判断が難しかったと云っている。
糸織子の死体が見つかった朝はひどく腫れていたので、救急車を呼んだそうだ。
ベランダから侵入された形跡がありながら、それを行えた人物はいなかったということになる。
【仮説】
◼︎実は転倒の怪我は軽症で、犯行後に自ら足を折った
夜の転倒はわざと。梯子に昇れないという印象を与えるため。
でも、その時点では骨折しておらず、梯子を使えた。
影沼は午後八時以降、部屋を全く出ていなかったのだから犯行に及ぶことは可能だ。
ベランダから侵入し、眠っている糸織子の掛け布団を剥ぎ、背中をサバイバルナイフで刺した。
マットレスを切り裂いたり、いくつも刺したのは狂気性を演出するためかも。
その後自分の部屋へと戻り、自分の足首の骨を折った。
とても正気とは思えないけど、これも事件を再現できる方法のひとつだ。
ただ、これはミスリードのような気配がどうしても拭えない。
なんかあからさま過ぎて、誰でもそう判断してしまうと思う。
やはり、窓が焼き破りで割られていたのも糸織子の偽装だったのではないか。
もちろん、影沼に殺人の疑いを向けるため。
ただ自殺するだけじゃ面白くなかったのだろう。誰かに濡れ衣を着せたいという邪な考えを持っていたのかも。
不治の病という絶望への抵抗として。

糸織子の死体を発見した経緯を詳しく教えてという氷華の訊ねに、第一発見者の針夫が答えた。
当時、針夫と木澤は夜通しでチェスをしていた。
翌朝の午前八時、妻を起こすことになっていた針夫は、木澤と一緒に糸織子の部屋へ入った。
“電気をつけ、布団の上で横になっている糸織子に近づくにつれ、針夫は違和感を覚えた。
そして、異臭にも。濃厚な血の臭い。エアコンで暖められた室内には血の臭いが充満していた。
慌てて掛布団を剝ぐと、そこには無残な糸織子の姿があった。
「わたしはびっくりして腰が抜けそうになった。すぐ木澤君も横に来てくれたんだが、彼もひどく驚いていたな。早く雪絵先生を呼んでなんとかしてもらわなくては、と考えてリビングに走ったんだ」
蜘蛛屋敷のリビングには電話機がある。電話の引込線が雪の重みかなにかのせいで前日に切れてしまっていたので外部との通話はできないが、離れとは内線でつながっているため通話が可能であったのだ。”
針夫の行動に違和感を感じる。
この状況なら普通、妻の名前を呼び、まだ意識があるか確認するよね?
息をしているか、心臓が動いているか。
死んでると分かれば慟哭の叫びくらいあげるものだろう。だって、長年連れ添った愛妻が亡くなっていたのだから。
針夫は妻の名前すら呼ばず、すぐに医者である雪絵を呼びに行った。
まるで既に手遅れだということを知っていたかのような、あまりに淡々としすぎていた。
なぜ?
彼には堅固なアリバイがあるから、直接手を下したわけではないだろう。
しかし分からない。彼が共犯者なら、なぜ推理検討会なんて企画したのか。
蜘蛛屋敷のリビングに集合し、推理検討会が開かれた。
まずは氷華から。
彼女が推理した糸織子の殺害事件の犯人は、足首を骨折していたという影沼帆香だった。
階段から転倒したときは骨折しておらず、犯行後に自分で自作したという論理。
屋敷から物置小屋までは雪に足跡を残さず行ける。そこにあった車用のジャッキを使い、軒下で雪が被ってない車のタイヤに足を挟み、骨を折った。
あとは道具を元に戻し、自分の部屋へもどればいい。
まあ、足首を折る方法なら部屋のテーブルやベッドでも出来たと思うが、一応、筋は通っており、事件の再現は可能だ。
がしかし、不遜ななんでも屋——樋山忍は、それを否定する。
犯人は影沼じゃない。それを証明してやる、と。
糸織子の死亡推定時刻は午後八時から九時の約一時間。
影沼はその間に非常用梯子で二階へ昇り、窓を焼き破りで侵入したことになる。
”「そうなるよな? だが、それだとおかしいんだよ。もしもそんなに早い時間帯に窓ガラスが割られていたのならば、針夫さんたちが死体を発見する翌日の午前七時半頃、部屋の中が暖かいはずがない。一晩中、窓からびゅうびゅうと風が吹き込んでいたんだ。暖房なんて意味がなくなるくらいに寒くなっているはずだろ」”
たしかに。そこは盲点だった。
雪絵が呼び出されて向かったときも、部屋は暖房が効いていて暖かかったと云っていた。
ん〜、これはどういうことだ?
そうなると、死体発見後に窓を割ったということになる。
それが出来たとしたら気障な木澤卓ただひとり。円山針夫が雪絵を呼びに離れた間、彼は糸織子の部屋に残っていた。彼は内城の証言で大きなライターも所持していたらしいじゃないか。焼き破りの工作もすぐできる。もちろん、下の階の部屋にいる影沼に疑いの目をむけるためだろう。
でも木澤が犯人なら、どうやって午後八時から九時の間に糸織子を殺したというのか。
それに死体発見時も部屋が暖かかったというのなら、糸織子の自作自演による自殺という私の仮説も外れたことになる。死後に窓を焼き破りするのは不可能なのだから。
これで振り出しに戻ってしまった(悲)。


氷華による数撃てば当たる推理の披露に樋山が待ったをかける。
犯人は内城でも木澤でもないと。
その根拠に樋山は糸織子の部屋にあった水差しの中身を指摘した。
中身は空だったと。
事件を振り返ろう。雪絵が蜘蛛屋敷を訪れて糸織子を診察したのが午後二時から三時までの間。
その時、雪絵は糸織子に水差しの水をコップに注いであげていた。量にして半分。
つまり、このときの水差しにはまだ半分残っていたということになる。
診察後、雪絵と糸織子は共に部屋を出て、ダイニングに向かった。
そして午後八時になり、眠ってしまった糸織子を針夫と木澤が部屋に移してあげた。
この時、彼らは水差しの中身なんて注目していなかった。
で、翌日の朝、針夫と木澤が糸織子の死体が発見したときには水差しの中身が空だった。
そこでピンと来た。
水差しの水……空のコップ……厳寒な外……血も指紋も付着してなかったナイフの柄……
やはり糸織子はわざと寝たふりをしていたのではないか?
それは二人にベッドまで移してもらい、その時は何も部屋に異変はなかったと見せるため。
一人きりになった糸織子はベッドの中に隠してたナイフでいくつもの刺し跡や切り裂き跡を残した。コップに残りの水差しの水を移し、ナイフの柄が下になるようコップに入れる。
それをベランダに置いて午後九時近くまで凍らせる。予めコップの内側にケーキとかに使われる透明フィルムを巡らせとけば、凍った氷ごと簡単に取り出せる。フィルムは崖下に捨ててしまえばいい。
柄の周りを氷で覆ったナイフの完成だ。これで柄に血も付着しなかった説明がつく。
マットレスの穴に柄を差し込み、突き出たナイフの刃に向かって自分の背中を押し刺した。当然、出血した血が穴にも垂れていく。
糸織子は起き上がらず体勢を横向きに変え、温かい室温で氷を溶かした。
動機は不明だが、おそらくこの不可解な密室事件のせいで、一生自分のことを忘れさせなようにするためとか?
雪絵にも木澤にも内城にも影沼にもこの犯行はできない。針夫にも。
故に、これが唯一無二の真実だ……
と、行きたかったのだが、また新たな謎が出てしまった。
樋山が水差しの水を指摘したとき、ページを遡って確かめると「あれっ?」と気づく点が見つかったのだ。
それは雪絵が水差しの水を注ぐときに零してしまい、ハンカチで拭いたシーンである。
ほんとはティッシュで拭こうとしたのだが、箱の中身はほとんどなかったらしい。替えのティッシュ箱も部屋になかったと書いてある。
だが、二〇年後に再現された部屋では内容が一部変わっていた。
空のティッシュ箱は潰されて、他の丸まったティッシュたちとゴミ箱に捨てられており、開封された未使用のティッシュ箱がテーブルに置かれてあったのだ。
糸織子の部屋に替えのティッシュ箱はなかったわけだから、替えを用意したのは別人ということになる。
それが出来たのは死体発見時に一人になれた木澤か内城のどちらか。
木澤は窓の焼き破りで忙しかったはずだから、一番怪しいのは内城ということになる。
内城が部屋に来ると、木澤は針夫のようすを見にその場を離れ、彼を一人にしていた。
内気なら自分の部屋からティッシュ箱を用意することができる。
でも、どうしてそんなことをする必要があったのか?
氷華の推理は尽く樋山に反論され、敗北を認めた。
弾切れした彼女に次いで樋山の番となる。
彼は去年の一二月に起きた煙原殺害事件を持ち上げた。
煙原は二〇年前の糸織子が殺害された事件の重要な証拠を掴んでいたのではないか。
だから彼は真犯人によって殺されてしまったのだ。
煙原が亡くなったのは午前一一時から正午までの間。通報があったのはその日の午後一九時ごろ。
木澤も内城も影沼も彼に弱みを握られていたので動機がある。
だが樋山は彼らのアリバイに一顧だにしない。
彼が訊ねた相手は水鏡雪絵のほうだった。
去年の一二月一五日、まだ犯人が現場——廃工場跡地——にいると思われる午後一九時くらい、雪絵は娘の氷華に電話をかけていた。
野麦山荘から掛けていると氷華が焦燥と説明する。
しかし通話記録だけでは野麦山荘にいたという証明にはならない。
雪絵の母である認知症の千里が掛けたのかもしれないのだから。
それを踏まえたうえで樋山は主張した。
水鏡雪絵こそが糸織子を殺害した真犯人であると。
これは面白い。
絶対犯行は無理と思われる雪絵が糸織子を殺害した手口とは、いったいどんな方法なのか?
彼女は午後一九時すぎに離れ家へ戻ったきり、明日の午前八時までは一度も屋敷へは行っていないはず。
その証拠に積もった雪に足跡みたいな痕跡はなかった。
屋敷と離れ家の間に等間隔で駐車されていた五台の車があったが、その上を渡っていっても足跡は残るだろう。
また、離れ家に戻るふりをして屋敷に隠れていたとする。それだと翌朝に掛かってる離れ家の内線電話に出ることは不可能だ。
それに電子ロックの問題もある。四桁の暗証番号を雪絵は知らない。木澤と違って窺う隙もなかったはず。
なのに雪絵が真犯人だと樋山は主張している。
彼の推理が楽しみだ。

事件当夜、外は雪が降っていた。
雪が止んだのは午後八時ごろ。
糸織子が殺されたのが八時以降だから、その後に離れ家へ戻ろうとすると積もった雪に足跡が残ってしまう。
つまり、糸織子を殺害後に離れ家へ足跡を残さずに戻ることは不可能。
仮に屋敷のどこかに留まっていたとしたら、離れ家にある内線電話に出られない。
でも水鏡雪絵はちゃんと針夫からの電話に出ていた。
雪絵は確かに離れ家に戻っていたのだ。
それでも樋山は雪絵が犯人だと確信している。
在るのだと云う。雪上に足跡を残すことなく離れ家へ渡る方法が。
それを樋山は外へ出て、二〇年前の事件を再現した環境で実際に証明してみせた。
まさに義経の発想と思えるなんとも型破りなやり方で。
うん、たしかにこの方法なら雪上に足跡を残すことなく渡れる。
ちなみに私が浮かんだ案は、糸織子を殺害後、屋敷から離れ家まで後ろ向きで戻るという方法。
これなら離れ家に掛かってきた内線電話に出ることができる。
屋敷へ向かうときは、自分の足跡にぴったりと辿っていけばいい。
しかし、すぐにこの案はダメだと気づいた。
なぜなら針夫が玄関ポーチで待っていたから。これだとすぐに不審な足跡に気づかれてしまう。
雪が止んだ時間。
雪絵が晩餐を終えて離れ家へ向かった時間。
この微妙なズレが手口に関わっていたとは盲点だった。
それにちゃんと推理できるよう伏線も書かれていた。これも盲点。
もうやってることがプロの工作員っぽいが、とにかく雪絵にも殺害のチャンスはあったと証明された。
あとは、いかに電子ロックを突破したのかだ。
物置の梯子を使って二階の西側の窓から侵入できても、暗証番号を知らなければ糸織子の部屋へは入れない。
水鏡雪絵はすぐに離れ家へは戻らず、物置小屋の梯子を使って屋敷の二階の窓から侵入した。
ちょうど屋敷の西側に位置する窓なので、北東側に位置するサロンからは視認できない。
ゆえに雪絵は容易に糸織子の部屋まで行くことができた。
しかし、問題はその部屋に入る方法だ。電子ロックの壁があるのだ。
樋山忍は云う。
雪絵はその暗証番号を推察できる立場にあったと。
まさか……と思い、ピンときた。
事件当日に設定されていた番号は、《5897》。
診察時に雪絵は糸織子の血圧を訊ねていた。
上が九七で、下が五八だと。
毎日変えていた暗証番号とは、その日その日の糸織子の血圧の数字だったんじゃないのか。
針夫の思わぬ告白により、雪絵は犯人でないことが分かった。
これで事件に関わる全ての容疑者がシロということになる。
と、思われたのだが、樋山と氷華が同時に何かに気づく。
外線が使えなかったことだ。
あれは犯人によって切断されたものだったと。
氷華が発言を躊躇するので樋山が続けた。
糸織子を殺害した犯人は外部犯によるもの。
あれだけ外部犯の可能性は否定されていたのに今更である。
屋敷を囲む高い鉄柵があり、なお監視カメラで記録もされている。
車の轍も不審な足跡もなかった。
なのに外部犯とはどういうことなのか?
樋山は云った。
犯人は雪絵さんの車の後部座席に身を隠していたと。
まさか……。
糸織子の自殺で間違いないと確信していたのに……
これはまた盲点であった。
でも暗唱番号とかはどうしたのだろうか?
雪絵から聞いていたとか?
あの義経の発想も犯人がやっていたということのなのか?
二〇年前といえ、そこそこの年齢をいってるはずなのに。
まさか認知症の彼女だとは……。
推理検討会を終えてから三ヶ月が経っていた。
鳴海はある人物と高山観光で古い町並みを歩き回り、喫茶店に落ち着いた。
テラス席で座る二人のすぐそばには満開の桜の木が佇んでいる。
長閑な時間が去るながら、鳴海がある話題を切り出した。
ゆすり屋の煙原が殺害されてた事件のことである。
なんと先月犯人が捕まったとのこと。
捜査が進展したのは匿名からの投書が届いたからだった。
煙原につきまとっていた人物がいたらしい。その人物の所持品が煙原の車から発見されたんだと。
警察は今、この投書の送り主を捜しているそうだ。
鳴海はその送り主に見当をつけていた。
自分の目の前にいるその人物に向かって鳴海は訊ねた。
煙原と糸織子さんを殺害したのは——君なんだろう? と。
は?
二〇年前だとまだあの人は児童じゃないか。
煙原は殺害できたとしても糸織子は無理なのでは?
しかし、あの人の年齢は未だ不明。
もしかして三〇過ぎとか?
【刺激された感情の種類:10種】
賛美系🥳:★
褒=解決策に納得する👍(1)
思考系🤔:★★★★★★★★★★★★
肯=諭す言葉に納得する🤔(1)
知=豆知識を教えてくれる🤓(1)
訝=疑問を抱かせる言動や描写🤨(2)
慮=悪い状況の打開策を考察🤔💡(1)
察=ヒントから展開の予測がつく🤔(2)
問=状況から予想される行動と異なる🤔❓(1)
推=事件の謎を解く手がかりを得る🤔💡(2)
仮=知り得た情報からある仮説が立つ🤔(2)
高揚系🤩:★
楽=告知されてる出来事への期待😀(1)
全体を通してのプロット
【舞台設定】

平成二二年の正月、 京都の貧そなアパートで暮らす素寒貧な大学生——古賀鳴海は、恋人の水鏡氷華から願ってもない仕事の話をいただく。
それは未解決事件推理検討会に氷華の助手として参加することだった。
今から二〇年前、岐阜のある屋敷で不可解な殺人事件が起きた。
殺されたのは屋敷の当主である円山糸織子、六二歳。
妻を殺された夫の針夫はどうしても真相が知りたく、二〇年前の関係者たちに推理検討会の招待状を送っていた。
真犯人を推理できたものに一〇〇〇万円の報酬を約束すると。
また、事前の申請で一人、代言者を立てることも許可するとある。
氷華は母の代言者として参加し、鳴海は彼女の助手として同行する。
二人は一旦氷華の母——水鏡雪絵が運営する岐阜の民宿に向かい、当時の事件のあらましを教えてもらう。
その後、雪絵、氷華、鳴海の三人は円山の邸宅に向かい、主催者である針夫と対面する。
【問題提起】
円山の屋敷に《なんでも屋》の店主——樋山忍が現れる。
懸賞金一〇〇〇万円を賭けた探偵同士の前哨戦がはじまる。
【問題拡張】
円山が雇っていた私立探偵の不可解な自殺の謎。
【試練の時】
各容疑者たちが犯人である可能性を氷華が検討していく。
その可能性を樋山が論破して否定していく。
【一件落着】
樋山が辿り着いた真相を鳴海が直截本人に伝える。
読了した感想
◆ミステリーに首尾一貫した作品
とりあえず新刊で手に取ったミステリーものがこの『蜘蛛屋敷の殺人』。
内容は二〇年前の未解決事件を推理してみろというもの。
それにプラスで、現代に起きた不可解な自殺の謎も。
あとはずっと手がかりを拾っていき、関係者全員のうち、誰が最も犯人である可能性が高いか検討していくという流れです。
外連味のないキャラばかりでエンタメ性には欠けますが、ミステリーに目が無い人には十分お薦めできる作品でしょう。
◆まだ検討されてない推理があります
一人一人の関係者が犯人であった場合の仮定は検討されてましたが、被害者の『偽装自殺』という可能性はスルーでしたね。ざんねんです。
密室で人が死んでいても絶対殺人とは限らないじゃないですか。
そこも検討してくれないとホームズの名言が格好つかない。
だけど、各関係者が犯人である場合の犯行手口のアイデアは凄かった。
樋山にことごとく反論されちゃってたけど、掃除機を使う方法は斬新だった。
◆この作品の一番の見どころ
ずばり二つあります。
一つは、煙原殺害事件の密室の謎。
コの字型の建屋の凹みに2ドアの古いセダンが縦列駐車してあって、被害者は亡くなった状態で運転席に座っていた。
建屋の壁とほぼ密着しているため、鍵は開いていてもドアから抜け出すことは不可能。
反対側の助手席側は鍵が掛かっている。つまり車内は密室だった。
あらかじめ内側からロックして、ドアハンドルを引きながら閉めるとロックされる機構もない。
さて、犯人はいったいどうやって車を駐車し、そこから脱出したのか。
この方法が知れるだけでも得した気分です。
もう一つは、水鏡雪絵を犯人と仮定した場合の移動の謎。
二〇年前の蜘蛛屋敷事件で、彼女だけはそこから一五メートル離れた家で寝泊まりしていた。
母屋にいる糸織子を殺害した場合、離れ家に戻ることは不可能。
なぜなら地面には雪が積もっており、足跡の痕跡を残してしまうから。そのころ雪は止んでいたから、降り続ける雪で通った足跡を無くすこともできない。
でも雪絵はちゃんと離れ家で泊まっていた。
さて、雪絵はいかにして雪上に痕跡を残すことなく渡り切ったのか。
このアンビリーバブルな解答に思わず感銘を受けました。
◆ちょっと釈然としない
というのは真犯人の手口の説明が不十分だったから。
例えば手袋をしていたのかどうか。現場に犯人の指紋がなかったことからおそらく嵌めていたのでしょう。でも説明されてない。
まだあります。一二月半ばの高山市、それも山奥ときたら外はマイナス何十度の凍える寒さ。果たしてヒーターも点けられない車内で何時間も耐え続けられるだろうか。
犯人は、おそらく厚手の防寒着を着ていたと思われる。屋敷に侵入するときは脱いでいたのかどうか気になります。
侵入するには、かなり狭い隙間を通る必要があるからです。
また、そこを通るには何か踏み台が必要。高い場所にあるため、犯人の体一つでは侵入できないのです。
行きはちゃんと踏み台を使っていたからいいでしょう。でも帰りはどうするのか?
仮に部屋の椅子を使って出れたとしましょう。でも、その椅子をどうやって元の位置に戻したというのか? 現場にそんな痕跡はなかった。
まさか、もの凄い跳躍力でジャンプして通ったんですかね??
それに着地したときの衝撃音が下の階に伝わるはず。
糸織子の部屋の下は影沼帆香の部屋でした。彼女は寝ないで起きていたので音に気づくはずです。
これらの問題のクリアと、あと偽装自殺の可能性排除ができれば完璧でしたね。
『蜘蛛屋敷の殺人』
大神晃(著)
新潮社
2025年8月28日発売
全294ページ




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